流宮家での勉強会
「うおぉ……」
流宮家を前にして、僕は圧巻の声を上げた。
彼女の家は、実に立派な木造のお屋敷だった。荘厳な門と広い白壁の塀が、いかにもな雰囲気を漂わせている。正直、彼女の家と知っていても入るのを躊躇ってしまうほどだ。
「どぞどぞ、入って~」
ところが彼女が何の気なしに門を開いた。
そのノリとは正反対に、ギ・ギ・ギと重い音を立てて門が開かれる。
中に広がっていたのは、これまたいかにもな松の庭。小さな公園くらいの敷地はあり、古めかしい石畳がお屋敷の前まで敷かれている。
風のうわさで、彼女の家が太いということくらいは聞いていたが……。
「まさかこれほどとは……」
「そんな畏まることないって~。古いモノ好きのお父さんの趣味ってだけだからさ~」
今日そんな彼女の家に来たのは、もちろん何かの後ろめたい理由ではないし、危うい組合員に用があるわけでもない。
事の発端は、実にシンプルだ。
「勉強教えてくりゃさいっ!!」
「えぇ……」
流宮がそう頼み込んできたのは、つい先日の部活前のこと。
「また唐突だね。誰かに何か言われたの?」
「お察しの通りで……お父さんがね、赤点なんか取ったら家庭教師を雇って夏休み中ずっと勉強させるって」
いつもの彼女では考えられないくらい沈んだ調子で流宮は語った。
「友達と遊んじゃいけないし夏祭りにも行かせないって……奴隷だよこれじゃあ……勉強の奴隷……」
「確かにそれは厳しいね」
「でしょ!」
完全に身から出た錆とはいえ、その仕打ちは流宮にはちょっと気の毒だ。
流宮はショックが怒りに変わったのか、次第に語気が荒くなっていった。
「お父さん、自分がいい大学出てるからって娘もやればできるだなんて思い込んでるんだよ!」
そりゃ赤点回避くらい誰でもやればできるだろとは思ったものの、言ったら話がこじれるだろうから飲み込んで話を進めた。
「でも、たぶんこういうのは成績の近い者同士で集まってやった方が効率的だと思うんだけど。お互いの分からない問題を共有しやすいし」
それに、僕だってテストに向けて勉強しなきゃいけないわけで。
流宮がつまずいているような基本的な問題をいちいち教えていたら、自分の勉強に手がつけられない。
「私と成績近いグループで勉強会開いたとして、勉強になると思う?」
「思わない……」
「即答かい! 酷いよ!」
「どう答えてほしかったんだ……」
流宮はいつにもまして理不尽だった。
「お願い~~江原しかいないの! 人間様なにとぞ!」
「出た。テスト期間になると人間に媚びだす奴」
「もーなりふり構ってられないんだよ! お願い、おうちでクーラーガンガン効かせて接待するから! めっちゃ美味しいアイスとかあげるから!」
「う、家ぃ? 流宮の?」
声が裏返った。
「え? うん、家。我が家。マイハウス」
僕の反応とは逆に、彼女の反応は実にあっけらかんとしていた。
いや、しかし、ちょっと。女の子が男を家に呼ぶっていうのは。
「こういうことあんまり言うもんじゃないとは思うけど……男一人を家に呼ぶっていうのは、あんまり、その……」
「何その発想ーっ。別に江原はそういうヤツじゃないでしょ? というか、休みだから家にはお父さんもお母さんもいるし!」
「あ、ああ、そっか」
流宮はケラケラ笑ったが、僕は急に恥ずかしくなって目を伏せた。
……有り体に言って、すごく童貞っぽい言い方だったな、と自覚した。
いやだって、事実僕には流宮以外の女性との付き合いなんてほとんどないのだ。
「わ、わかった。じゃあ、行くよ。そこまで言うなら」
「えっほんと!? よかったぁ、ありがと江原! もー、流宮家総出で接待しちゃうからね!」
……だから、というわけではない(と思いたい)のだが、僕はなぜか変に慌てたように承諾してしまった。
なんでもない。女の子の家に行くくらい、ふつうのことだ。そう、僕は決してそういう奴ではないのだから。それに、彼女が僕を頼ったのは、僕の成績を当てにしてのことだ。別に変な意識をすることはない。
そんな言い訳をしつつも、僕は承諾を渋った最初の原因――流宮に付き合っていたら自分の勉強に手がつかない――は、すっかり頭から抜け落ちていたのだった。
「ただーいまー! 江原つれてきたよーっ」
流宮はガラガラッと何の遠慮もなく玄関扉を開ける。いや自分の家なんだから遠慮ないのは当たり前だけど。
「あ、お邪魔します……」
人間には高すぎる天井、純和風の旅館のような内装。僕がすっかり恐縮しながら入ると、遠くからぱたぱたと人が小走りで来る音が聞こえてきた。
やがて右奥の廊下から、龍種の女性が現れた。流宮よりは小柄だけど、それでも僕より大きい。そこそこ若く見えるけど、きっとこの人が。
「お母さん、この人いつも言ってる江原」
「ああ、いらっしゃい。いつも嶺央奈がお世話になってます」
「あ、いえ、そんな」
やはり流宮のお母さんだったその人は、にこやかに会釈をした。
それにしても流宮、「いつも言ってる」って……一体どんな話をしてるんだ?
気にはなったが、今問い詰めるべきことでもないだろう。
「今日は、本当に楽しみにしてたんですよ。あの嶺央奈が、ようやく勉強頑張る決心をしたかと思ったら、男友達と勉強会するだなんて言って。一体どんな子がこのワガママ娘をやる気にさせてくれたんだろうって」
「いえいえ、そんな、僕はただ誘われただけですから。……?」
相も変わらずにこやかに話す彼女に、僕は少しだけ違和感を覚えた。
別に、変なことを言ったわけじゃない。普通の言葉……だったはずだ。
何かが引っかかって立ち止まっていると、また足音が聞こえだした。今度はかなり大きい。足音がするたび、家全体が揺れるようだ。
「――いらっしゃい。君が江原君かい。娘がいつも世話になっているね」
「あ、この人私のお父さん」
「ああ、どうも……お邪魔します」
この人が、流宮の父親。最初は何よりもその姿に驚いた。彼は巨躯種かと見紛うような大柄の体格で、身長など悠に二メートル半はある。龍種でもここまでの人はそういないだろう。
かなり掘りの深い顔立ちに加え、初老を思わせる浅めの皺と整えられた顎髭も、彼の凄みを増している。
しかし、そんなことに驚いていたのも束の間。僕はすぐに、別のことに気がついた。
……この人、言葉こそ歓迎しているが、めっちゃくちゃ仏頂面だ。
この性格が災いして他種族とのいざこざは幾度となくあった僕だが、さすがにこんな図体の龍種に睨まれたら委縮してしまう。
「あなた、顔、顔……!」
「あっ、いや。ちょっとな、あー、風邪気味で。すまんね、江原君」
「い、いえ……?」
流宮母に諫められるも、彼の仏頂面は治らない。
分からない。僕が何をしたと言うんだ。
困惑していると、流宮は苦虫を舐め転がしているような笑顔で僕の顔をうかがった。
「変な親でごめんねえ、江原。じゃ、私の部屋行こっか」
「ちょっと。待ちなさい嶺央奈。あなたあんな部屋を江原君に見せるつもり? お茶の間お掃除してあるから、そっちでやりなさいな」
「えー。私だって掃除したもん」
「いや、いかんぞ嶺央奈。客人を私室でもてなすなど。勉強会ならお茶の間で子細ないだろう」
「……あ、そ」
あ。
なんか、ちょっと分かってきた気がする。
「江原君。ご存じだとは思うが、娘は勉強が苦手でね。かといって塾も家庭教師も長続きしないし。君が勉強を教えてくれると言うなら、とても助かるよ」
なんとか笑顔を張りつけ終わったらしい流宮のお父さんは、僕の両肩に手を乗せて言った。
「これからも、嶺央奈の良き友人として付き合ってくれると嬉しい」
ああ、やっぱり。
そういうことらしい。
「あのねえ二人とも!」
流宮が弾けるように叫んだ。
「そういうのやめてって言ったじゃん! このご時世に恥ずかしいんだから、もうっ!」
「ばっ、ばかお前! そういうのはなあ、人様の前で言うもんじゃ……」
「分かってるならその露骨な感じやめてよね!」
あからさまに動揺するご両親に構わず、流宮はさっさと靴を脱いで家に上がった。
「行こっ、江原!」
「嶺央奈、お茶の間にご案内してね?」
「わーかったってば! お茶の間でやるからもう大人しくしててっ!」
僕も慌てて流宮についていきながら、先ほどのご両親の反応を考えていた。
確かに、元々ご両親を見たとき少し引っかかるところはあったのだ。両親とも龍種だった時点で。
「あの、ごめんね、江原。もう察しちゃったかもしれないけど、うちの両親、アレでさ。どっちもイイとこの家柄だから、考え方が古くさくって」
アレと言って濁された内容は、僕にも分かる。
古い世代の龍種は、未だに他種族の血を混ぜることに抵抗があるらしい。
他種同士が交わると子どもが生まれにくいだとか稀にキメラが生まれるだとかってオカルトは、二、三百年も前の化石だ。遺伝が混ざるのは髪の毛や目の色だけであって、人種はどちらか一方の種のみを受け継いで生まれる。これは今だと小学校で必ず習うことになっている。
まさか龍種もそんなことを信じ込んでいるわけではあるまいが、とにかく心象的に他種族と交わりたくない、という感覚を持っている人が一定数いるらしい。話には聞いていたけど、実際にそういう人に会ったのは初めてだ。
でも流宮のご両親は、それが古い考えだと自覚しているらしい分まだマシだろうか。
「ま、気にしないでよ。別に江原のことを嫌ってるとか、そういうんじゃないと思うからさ。ちょっと過剰に反応してるだけ」
「うん……」
流宮はお茶の間らしき部屋の襖を開けると、
「じゃ、ここで準備してて。私は約束通り、めっちゃ美味しいアイス持ってくるから! 一緒に食べたら、勉強始めよ!」
そう言って踵を返した。
案内された広いお茶の間に、僕が一人になる。僕はとりあえず、机にノートと教科書、筆記用具を並べた。
そして、大きな机に突っ伏した。
「はーぁ…………」
白状しよう。
僕は浮かれていた。彼女の家に来た時点で、いや彼女に家に誘われた時点でだいぶ。
それで、彼女のお母さんとかに「あらこの子が嶺央奈のボーイフレンド?」なんて冷やかされたりするんじゃないだろうかと、そしたら困っちゃうなあなどと、浮かれた妄想をしていた。
恥を忍んで白状する。それはもう大層な恥を忍ぶ。
だからこそ、この待遇はヘコんだ。
うん、僕は別に、流宮とそういう仲になりたいわけじゃない。そこは強調しておく。流宮は気の合う友人、いや合わないが友人だ。
でも、だからといって女友達と仲良くすることに、男友達と仲良くすることとの違いが全くないかと言われれば、そういうわけではないのが男女の難しさで。
ましてや女友達の家に招待されたとあっては、何か並々ならぬ特別な心持ちがするのが男心というもので。
要するに、この待遇はヘコんだ。
……ヘコんだ。
「おっまたせー、って何? もう眠いの?」
「いや、なんでもない」
「へっへ、分かるよぉ江原。勉強しなきゃいけないと思うと途端に眠くなるよね」
「流宮と一緒にしないでくれる?」
「ひどっ! あ、抹茶とイチゴどっちがいい?」
流宮が持ってきてくれたのは、ちょっと高めだが美味しいことで有名なカップアイスだった。
「抹茶」
「お、趣味が合いますなあ。じゃあジャンケンで」
「えぇ……これって流宮の勉強に付き合う僕への報酬だったのでは?」
「うむ。しかし、勉強やる気のない私が勉強するためには、大好きな味のアイスを食べてモチベを高めなければならないのも悲しい事実」
何が悲しい事実だ。
「だったら最初から抹茶味二つ買ってくればよかったのに」
「だって二種類あった方が楽しいじゃん?」
「なんだかなあ」
流宮の直感的な生き方にも結構慣れてきた気がする。
「ちなみにイチゴ、嫌いだったりする?」
「いやイチゴも好きだけどさあ」
「じゃあ心置きなくジャンケンです! 最初はグー!」
「わっ、ちょっと!」
イチゴ味を食べ終えた僕は気を取り直してノートを開いた。
「じゃ、やっていこうか」
「はーいっ。よろしくお願いします先生」
今回は勉強会という名目だが、実質的には流宮への授業だ。だからまずは、流宮は一体何につまずいているのかを知らなければならない。
とはいえ今回の目標は、何も高得点や学年上位ではない。赤点回避だ。
だから、基礎や重要事項で分かっていない部分だけメモにまとめておけば、そこまで苦戦せず突破できるはず。
「流宮ってどの教科が苦手なの?」
「ぜんぶ!」
「……特に?」
「いっぱい!」
「帰っていい?」
「ダメダメダメぇ! アイス! アイス食べたでしょ!」
「イチゴ味をね!」
僕が半ば本気で帰り支度を始めると、流宮は慌てて襖の前に立ち塞がった。
「本当にぜんぶ分かんないんだよぉ! 大事なとこだけでいいから、ね、教えて!」
「今さらなんだけど、正直そこまで何もかも分からないなら先生に頼み込んで教えてもらった方が楽だと思うよ?」
「そーれだといろいろ不都合だから江原に頼んだんじゃない!」
なぜ先生に勉強を教わるのが不都合になるのか。謎は深まるばかりだ。
「……今日一日で終わるとは思えないんだけど、僕の勉強時間は?」
「ウグッ、そ、そこはそのう、出世払いでといいますか」
「何の出世で何を払うんだ……」
訂正する。僕が流宮に慣れてきたなんて自惚れていた。
僕は観念して、というか言い返すのも面倒になってきたので一旦座り直した。
「……じゃあ、こうしよう。社会系と理科系は今回丸暗記でいいから、僕のノートを貸す。青字は重要単語、赤字は超重要単語だから、最低限赤字だけ覚えておくこと」
「ハイ先生!」
「あと、ノートは三日以内に写して返してね」
「ハイ先生!」
「現代文と古文は教科書の内容そのまま出すって言ってたから、これもたぶん大丈夫。それに国語は流宮、赤点回避できないほど苦手じゃなかったよね」
「ハイ先生! ……たぶん!」
「だから、今日は本当にどうしようもなさそうな英語と数学を教えるよ。はい、教科書用意して」
「はーい!」
こうして紆余曲折ありながら、ようやく僕らは勉強に取りかかった。
結論から言って、本当に流宮はほぼ全部分かっていなかった。
特に数学。ノートには、わけもわからず写したと見受けられる練習問題の答案がズラリと並んでいるだけ。まるでさっきの「ぜんぶ!」「いっぱい!」を体現したかのような有様である。
「ここの式、どうして次のように変えたんだと思う?」
「ん? えーと、よく分かんないけど公式? を使ったから?」
この発言だけで流宮の理解度がどれだけ低いかお分かりだろう。これでは確かに、先生にも相談しづらい。
「勉強会で山勘してどうする。しかも曖昧だし、というかこの式は公式を使ってすらいないし」
「え、えへへ……お恥ずかしい」
「ノート写すときは、せめてそれが何を意味してるのかメモくらい取らなきゃだめだよ。あと、教科書の該当ページはちゃんと記載しておくこと」
「はーい先生ぇ」
「で、この式だけど。これは二次関数の問題で、頂点の座標を求める問題だろ。ほら、こういう山なりのグラフの、ここ」
簡略的なグラフをノートに書き込み、指し示しながら説明する。
「なるほど~、登山ってわけだね?」
「……じゃあそれで」
なんかまた頓珍漢なコメントが飛び出たが、とりあえずは理解しているということにしよう。
「二次関数のグラフが山なら、二次関数の式は地図みたいなものだよ。つまり、この地図を参考に実際の山の光景を描き出してみろ、って言ってるんだ、この問題は」
「ふむふむ」
「山の位置を割り出すためには、まずx二乗のところの数字でくくる必要があって――」
懸命に相槌を打っている彼女に二次関数の基礎を教えながら、申し訳ないが、僕はだんだんと虚しくなってきた。
なんだって僕は、自分の勉強を放ったらかして、こんなことを教えているんだろうか。そんなに呑気にしている場合なのだろうか。知能が自慢の人間は、逆に誰よりも勉強しなければ、存在意義さえ保てないのに。
「それで、xを全部かっこでくくるとすると、本来ここになかったはずの定数項が出てきちゃうだろ、だからそれは帳尻合わせで引くんだ」
こんなことが自分の実になるとは全く思えない。もう少し冷静に考え直せていたら、きっと断っていただろうに。
「山――この場合は谷だけど、その一番低いところっていうのは、xのかっこ内がゼロのときになるんだよ」
「え? なんで?」
「だってこのxは二乗されるんだから、2だろうと3だろうと-100だろうと、絶対プラスになるよね。ってことは、この中がゼロになるときが、yの一番小さい場所、頂点になる」
「あぁー! あー。あ?」
「……ピンときてる?」
「あともう一歩……」
「しょうがないな。じゃ、適当な問題集から拾ってきて解きながら解説するね。いい? まず、xの二乗の係数をかっこでくくって除ける。それから――」
解説しながら、僕はうんざりしていた。こんな分かりきった問題なんか解いていないで、ちゃんと僕は僕の苦手な部分を練習しないと――。
そんな気の抜けた心持ちでいたからだろうか。
「あり? でも江原のその答え、問題集の答えと違くない?」
「えっ?」
彼女に解答を見せてもらうと、確かに式が違っていた。
原因はすぐに特定できた。二乗のかっこ内から定数項を引く際、二乗の係数をかけ忘れていたのだ。これもまた基礎も基礎、初歩的なミス。このタイプのケアレスミスはだいぶ減ってきていたのだが……。
いや現状の問題は、僕のケアレスミス自体より、今まさに鬼の首を取ったような顔でこちらを見ている流宮になんと返すべきか、ということである。
「先生ぇ~、いけませんな先生がそんな単純なミスしちゃあ」
「う、うるさいな。ごめん、悪かったよ。十分に理解した部分だと思ってて気が抜けてた」
「ま、自分で分かってると思ってることほど本当は分かってないってね~。無知の知だよ江原。えーと、アルキテス。ん? 違うっけ、ソクラトンだっけ」
「ソクラテスね。この人も今回のテスト範囲にいるからね」
よくもまあ、そんな偉人の名前を適当にくっつけて遊びましたみたいな間違え方ができるものだ。
とはいえ。彼女の言っていること自体には、ぐうの音も出ない。何事も一番見落としがちなのは、自分で分かってると思い込んでいる箇所だ。だからこそ人は復習や反復練習をするわけで。
まさか勉強のことで、流宮に正論を言われるとは思っていなかった。ここは素直に、重く受け止めておこう。基礎を誰かに教えるという行為も、効果的な勉強になる。
「うん、そうだな。ここからは、僕もちゃんと真剣に勉強会に参加するよ」
「おお、やる気になってくれた? よかったぁ、なんかよく分かんないけど、これでいっぱい勉強教えてもらえるんだよね!」
「そういうこと。だから、流宮も覚悟するように」
「ウッ……ハイ先生!」
こうして。
「英語はとにかく文法と単語を感覚として身に着けること。英語のテストはとにかく量が多いらしいから、いちいち基礎的な文法や単語で『どうだったかな?』なんて立ち止まってられないよ」
「ハイ先生! でも私、家出るとき鍵かけたかな~って何回も気になっちゃうタイプです!」
いつもより四割増しくらい発言がふわふわしている流宮と、
「さっき社会理科は丸暗記だと言ったけど、本来は望ましくない。歴史は流れを、理科は理屈を掴んでおく方が、長期間で勉強する前提なら覚えやすい。その補佐として語呂合わせを使うんだ」
「ハイ先生! 『水平リーベ僕の舟』ってどういう意味なんだか全然分かんない!」
「そういうもんだよ語呂合わせって」
お互いに高いモチベーションを保ったまま、
「古文は日本語というより、どこかの外国語として捉えた方が理解しやすいよ、個人的にはね。ほら古文って、同じ言葉に見えても実は現代と全く違う意味だったりするだろ」
「なるほど~。どっちかっていうと紀元前龍種語みたいな感じかあ」
「その感じを僕は共有できないけども。そんな言語あったんだ」
「まだ龍種が炎吐いてた時代の言葉だよ。言語の中に炎が組み込まれてるの」
「すごい言語だ……」
僕は最終的に、有意義な勉強会を送ることとなった。