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とある飛空部の四方山

 今思えば、奴らは別に悪人ではなかったと思う。

 僕は小学校にあまり仲のいい友達がいなかったから、地元の中学校に入る気になれず、それだけのために受験をして少し偏差値の高い中学校に入った。

 そういう中学校にも、やんちゃな奴はいるにはいるけど、どうしようもないってほど救えないやつは見ない。なんたって、少なくともわざわざ勉強して中学校に入ってきた連中なのだから。

 だから、奴らにしたって、そうなのだ。

「空を飛べない人間が、飛空部?」

 そう言って飛空部の同級生たちが僕を笑ったのは、人としてはむしろ、ごく自然な反応であって。

 僕も、そうなるだろうな、とは分かっていた。だから別に突っかからなかった。ただし、僕を特に酷く笑っていた三人グループの名前は、今でも記憶に刻みつけてある。緑鱗の龍種であり、一際高い背が目立っていた空山(あきやま)、校則を破ってこっそり薄く茶髪に染めていた鳥種の(すず)()、背は小さいが声は人一倍大きかった、同じく鳥種の()(ばやし)

 でも彼らにしたって、別にイジメというほど酷いことをしていたわけじゃない。ただ僕を笑っていただけで、具体的にけなされたわけでもない。ただ、彼らのそういう雰囲気は周りにもよく伝わっていただろう。

「うん、別に先生はね、江原のこと止めやしないよ。人にはいろいろあるからね。だけど先生は、少し江原が心配なんだ」

 どうしてですか、先生。

「だからほら、江原が他の、心ない子たちに疎まれるんじゃないかって」

 どうして。

「あれだ、飛空は多くの場合個人競技だが、団体戦もある。チームワークというものが、時には重要になってくる。そういうとき、部員は一体となって動かなければならない。しかるにだ、飛べない種族が飛空部に入るってことは、そういうとき不利に働くかもしれないってことでね。だから」

 だから――どうすべきだと言うんですか、先生。

「まあ……止めやしないよ。先生はね」

 こういう、差別に当たらない言葉を探し回りながら僕を気遣う先生の方が、僕には辛かった。気色悪いくらい優しい声で諭してくるのが、余計に嫌だった。

 でも、彼にしたって同じことだ。それは自然な反応。むしろ嫌な役を買って出ていた立派な先生だったと思う。実際、僕は疎まれていて、精神的にもよくない状況だったわけだし。

 分かっていた。

 全部、分かっていた。

 嫌がらせとかじゃなかった。気が狂っていたわけでもなかった……と思う。僕は、青い春の下で空を飛びたい、それだけだった。

 ただ、どこか意固地になっていた部分は、大いにあっただろう。

 部活には毎回参加していた。大会に出られるわけでもない、誰かと仲が良かったわけでもない、それなのに夏休みさえ休まず来て、飽きもせず空中ハンドボール投げという名のただのハンドボール投げを練習した。会話は一切なかった。順番待ち。フォーム確認。投げる。記録確認。順番待ち。フォーム確認。投げる。記録確認。

「今回の2000メートル飛空リレーのメンツどうなっかね」

「あー、そうな。……そろそろ江原の出番来るんじゃね?」

「コラコラッ。いるから、そこにいるから」

 そんなふうに同級生たちから小声で笑われても、我慢していた。分かっていたことだから。覚悟していたことだから。

 しかし三年になって、彼らにとっての最後の大会が近づいてくると、露骨に彼らは僕に苛立ちだした。

 それも、まあ、無理のないことだ。自分たちは大会に向けて春を燃やしているというのに、どうしてあいつはその横で、暗い顔して意味の無い練習を繰り返しているのだろう、と。

「あんさあ、江原」

「なに?」

 当時部長だった空山が、ある日の部室で僕に話しかけてきた。楽しい話ではないんだろうな、ということは彼の語調からすぐ察した。

「今さらなんだけど、お前ってなんで飛空部入ったの?」

 ああ、なんか嫌な空気だな、と思った。ゆっくり蠢く彼の尻尾が、悪寒を増幅させた。だから、何も言い出せなかった。

「…………」

「だんまりかよ」

「……なんで、って。別に、何でもいいじゃないか、理由なんて」

 三人が、乾いた笑いを吐き出す。

「いやぁ……俺たちも、最初はおもしれー奴入ってきたなー、くらいに思ってたのよ。そしたら、いつの間にか三年も続けてさ。大会に出れるわけでもないのに、だよ。お前、何が楽しくてこれまで飛空部入ってたの?」

「……楽しそうに見えたか?」

「全っ然。だから聞いてんだよ」

「俺らもさあ、いいかげん扱いに困るわけよ。これから最後の大会があるじゃん、で、お前も毎度毎度応援来てくれてるわけだけど、隣に座ってる後輩たちはどんな顔でお前を見ればいいんだって話よ。それに、うちの飛空部は追いコンもあんだろ? 後輩たちはどんな言葉をかけていいのかも分かんねえだろうし」

 それも。それも、その通りだと、思った。

 けれどここまできて、彼らの思惑通り、投げ出すことだけはしたくなかった。

「……飛空部に入りたい理由なんて、簡単じゃないかよ」

「はあ。だから何よ、一体」


「空を飛びたかったんだ、僕は。ただ、それだけだ」


 失笑。

「あのね。江原君、何年生?」

「…………」

「人間はさあ、空を飛べないのよ。世の中、飛べない人種もいる。だから飛行機があるわけじゃん?」

「得手不得手ってのがあるだろ? 勉強してりゃあいいじゃん、人間なんだからさあ」

「オイオイ戸林、その台詞はアレだよ、アレ」

「ああ、ちょっとアレだったか」

 そういうふうに、彼らは一線を越えた言動は控えていた。根っからの悪人ではないのだ。

 だけど、

「でもさすがにさあ、いいかげん空飛ぶのなんて諦めろよ、お前」

 その言葉だけは、我慢ならなかった。

「――諦めろ、だって? 諦めろだっ?」

 ピシリ。空気が割れた。

 空山が翼と共に口を開いた。

「んだよ。何か間違ったこと言ったか」

「三年間やってきたんだぞ、夏休みだって休まずにやってきた! そりゃあ根拠なんてなかったさ、でも、いつか人間にだって、飛べる日が来るかもしれないって――そう思って!」

「惰性でぼーっとやってた癖して一丁前に皆勤賞自慢か! 調子乗んなよ、お前! 大会近(ちけ)ぇのにそんな白けた面でいられたら迷惑だっつってんだ!」

 空山の尻尾がロッカーにぶち当たり、大きな衝突音を立ててメコリとへこんだ。

 さすがにまずいと思ったのか、後ろから茶化していた二人が慌てて間に割って入った。

「へいへい空山、へい! そこまでやるって話じゃないだろ、落ち着けって……!」

「けどこいつよォ!」

「僕は辞めないからなっ!」

「江原っ! オメーも分かんだろ、今はちょっと冷静になれって!」

「追いコンなんか行かない。大会もうちの応援席からは離れる! 文句ないだろうが、それで!」

 そう吐き捨てると、僕は逃げ出すように部室から出た。

 それきり、彼らとは二度と会話を交わさなかった。

 そうだ。分かってる。彼らは真っ当なことを言っていた。多少の悪意が込められていたとはいえ、だ。結局のところ、めちゃくちゃなのは僕の方だった。非は僕にある。全部全部、承知のことだ。

 だから、黒歴史なんだ。これからずっと消えない黒歴史になって、これからずっとこのことを思い出しては、眠れない夜が何度も来るのだろうと思っていた。

 だけど、


『空を飛びたかったから、飛空部に入ったんでしょ?』


 その言葉を聞いてからは、眠れない夜は減ったと思う。

 でも、流宮。

 僕のこの過去をあっさりと肯定してしまえることが、どれだけ希少な才能なのか、君はちゃんと自覚しているのか。

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