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「それで、君は一体どこから来たんだい?」
兄妹愛を心ゆくまで満喫したであろうサイラスは満足気な顔で、何かのついでのように聞いてくる。
「それは私が知りたいです。ここはどこなんです?」
麻里の質問に嫌がる様子もなく、サイラスが教えてくれたのだが……。
「ここはカタリヌ王国の王都にあるサイラス公爵邸だよ」
うん? どこだって? カタリヌ王国? 知らないし。
「え~っと、念のために確認したいんだけど、日本は知ってる?」
「ニホン? 何が二本あるんだい?」
「いや、二本じゃなくて日本……や、もういいや」
不思議そうな顔をするサイラスとセレンティーヌを見て、本当に知らないのだと、ここは私がいた世界ではないのだと、理解してしまった。
「これって、異世界転移ってやつだよね……」
困ったように呟けば、サイラスは先ほど車を見ていた時のように瞳をキラキラさせる。
「あなたは迷い人なのですか?」
「え? や、迷子っていう年齢でもないけど、ある意味これも迷子なのかな?」
「あ、いえ。迷子ではなく、迷い人、です。異なる世界からこの世界へ迷い込まれた迷い人」
「……う~ん、多分あってる? ここには私が知っている景色が一つもないもの」
「あなたがいた世界はどんなところだったのか、私に教えて頂けませんか?」
他人ごとだと思ってか、この美形王子様男子改めサイラスは随分グイグイ押してくる。
まぁ、教えるくらいなら別に構わないが……。
(私、無事にもとの世界に帰れるのかな? ていうか、帰らないとマズイ)
ホテルにチェックインして、明日の撮影の準備をしないといけないのだ。
「ねえ、ちょっと聞くけど。その迷い人って、もとの世界に帰った人はいるの?」
サイラスとセレンティーヌは顔を見合わせてから、
「「聞いたことないな(ございませんわ)」」
息ピッタリで、二人の口から望まない答えが紡がれた。
「じゃあ、その迷い人って人たちはどうやって生活してるの?」
「そうですね、迷い人は約二十年に一人の頻度で発見されて、その殆どの方が貴族や裕福な商人の後ろ楯を得て生活されておられます。迷い人は私たちにはない広い知識や珍しいスキルを持っておられますから……後ろ楯になりたい方は多いでしょう」
「利用価値があるとみなされれば、ってことね。でも殆どってことは、違う人もいるんでしょう?」
「あとは、王宮で保護された方たちですね。生活面での心配はありませんが、その代わり自由もありません」
「どっちもメリット・デメリットがあるわけね。それで、さっき言ってた珍しいスキルって、何?」
「それを話すと少し長くなるので、とりあえず場所を移しましょう」
サイラスはそう言って、城のようなお屋敷の中の応接室へと案内してくれた。
今、とっても座り心地の良いソファーに座り、目の前には良い香りのする紅茶とお菓子が並べられている。
「君、鑑定水晶を持って来てくれ」
使用人に何やら持ってきてもらうようにお願いすると、サイラスは先ほどの続きの説明を始めた。
まずこの世界には魔法があって、火・水・風・土の四つの属性があるとのこと。
すべての人間が魔法を使えるわけではなく、遺伝によるところが大きいらしい。
そして、貴族は殆どの者が使える。
詳しく聞けば、想像したような大きな魔法が使えるわけではなく、どうやら生活魔法程度のものとのこと。
スキルというのは、その魔法以外の便利な能力と言ったらいいのか……。
迷い人が持っていたとされるスキルは、アイテムボックスや鑑定や転移魔法などが多いのだとか。
どれもとても珍しく便利なスキルだそうで。
誰でも一度は耳にしたことがあるような定番と言えば定番もののスキル名。
迷い人は基本魔法を使えないらしい。
魔法スキルがあれば別らしいけれど。
そのスキルは今のところ、一人につき一つとのこと。
そこまで聞いたところで、先ほどお願いされていた使用人が、大切そうに箱を抱えて戻って来た。
サイラスはそれを受け取ると、早速蓋を開ける。
中には高級そうな布が敷かれ、その上に水晶玉が鎮座していた。
「早速だけど、これに手を翳してもらえるかい?」
麻里は緊張気味にゆっくりと水晶玉に手を翳す。
少しして何やら文字のようなものが浮かび上がってくると、それは『所持品リセット・セーブ』だった。
「何これ?」
「いや、私も『所持品リセット・セーブ』は初めて目にしました……」
「説明書的なものはないの? これだけじゃ全く何のことやら分からないんだけど」
「すみません、この水晶ではスキル名だけしか分かりません。王宮で調べてもらえば、もう少し詳しく分かるとは思いますが……」
言葉を濁すサイラス。
まあ、その先は言わなくても大体分かるけどね。
「それをやったら、王宮で保護されて自由のない生活が待ってるって言うんでしょう?」
「マリ殿は頭の回転が早いですね」
「誉め言葉と受け取っておくわ。ありがとう。スキルの詳細は知りたいけど、王宮で保護だけは御免だわ。自由のない生活なんて、生きてる意味がないじゃない」
ここまで大人しく聞いているだけだったセレンティーヌが、私の言葉の何に反応したのかは分からないけれど、急に表情を引き締め意を決したように、
「お兄様、マリ様をわたくしのお客様として、セイロン家で保護して頂くことは出来ませんでしょうか?」
サイラスにそう告げたのだ。
サイラスも驚いた顔をしているが、一番驚いたのは麻里である。