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「じゃあ、個室に移動しましょう」
そう言って差し出した麻里の手を取り、セレンティーヌが立ち上がる。
ついてこいの意味を込めてチラリとエドモント見た後、まずは公爵達の元へ向かう。
令嬢達はそこでようやく公爵達に自分達の行いが見られていたことを知り恐ろしくなったのか、個室についた時には姿が見えなくなっていた。
室内に入り公爵、サイラス、セレンティーヌ、麻里の四人が順にソファーへ腰を下ろし、そして俯きがちに立ち尽くすエドモントに視線を向ける。
味方のいないアウェーの中、エドモントは緊張にゴクッと喉を鳴らし、落ち着かせるためか目を瞑り小さく息を吐くと、ゆっくりと床に膝をついた。
そして「すまなかった」と謝罪の言葉を口にし、大変美しい所作で土下座を披露した。
この時麻里が心の中で『正に華麗なる土下座! ブラボー!』とテンション高く盛大な拍手を送っていたことは、誰も知らない。
セレンティーヌは初めて目にする土下座に一瞬狼狽えるも、スッキリした顔で謝罪を受け入れた。
公爵とサイラスは、この時まで大切な娘(妹)の心を散々傷付けてきたエドモントを許す気など、つゆほどもなかったのだが……。
「『土下座』か……。よくもまあ、ここまで屈辱的な謝罪方法を思いつくものだ」
公爵が感心したように言うと、サイラスも同意とばかりに頷く。
「いや、別に私が考案したわけじゃないんだけど」
麻里は面白くなさそうに口を尖らせて呟いた。
プライドの高い貴族は神前や高位の者の前で跪いて敬意を表すことはあっても、両膝と両手、ましてや頭まで床につけるなど本来ありえない。
そのありえない姿を前にして、多少ではあるが公爵とサイラスの鬱憤は晴れたらしい。
あくまでも『多少』だけれど。
この後四半時ほど、土下座したままの姿で公爵とサイラスからチクチクネチネチとお叱りを受け続けたエドモント。
公爵から立ち上がるように言われた時、やっとこの場から開放されると期待したに違いない。
だが――。
長時間慣れない正座をしていたために起こるあの症状にエドモントの顔が歪んで固まった。
皆がその様子を怪訝そうに見ていると、麻里が突然スクッと立ち上がり蹲るエドモントに近付く。
何をする気なのかと見守る中、麻里はニヤリと悪い笑みを浮かべてエドモントの足を指先でツンと突いた。
その途端にエドモントは苦悶の表情で悲鳴を上げるが、麻里は再度ツンと突く。
「マリ殿はいったい何をしているんだい? それに彼、凄く辛そうだけど大丈夫なのか?」
正座をしたことのない彼らにはこの現象が何なのか理解出来ず、不思議そうな顔をしてサイラスが尋ねた。
「これはね、長時間あの姿勢でいると血流が悪くなって足が痺れるのよ。少し経てば治るんだけど、その間ちょっとした刺激が加わると」
言いながらまたツンと突くと、エドモントが苦しげにプルプル震えながら「や、やめろ」と麻里を睨むが、涙目では迫力に欠ける。
「こんな風になるの」
麻里がニヤリと笑って答えると、公爵とサイラスが「ほぅ」と感嘆の声を上げて立ち上がり、これまた悪い笑みを浮かべてエドモントの足をツンと突く。
公爵相手に悪態をつくわけにもいかず、エドモントは「グゥ……」と低く呻いた。
「これはこれは」
新しい玩具を見つけた子どもの如く、公爵とサイラスはツンツンとエドモントを楽しそうに突いている。
見かねたセレンティーヌが三人に止めるよう声を掛けた。
「あ、あの、そろそろ許して差し上げませんか?」
きっとエドモントにはセレンティーヌが天使のように見えたことだろう。
少し後、足の痺れがなくなったエドモントがゲッソリとした顔でヨロヨロと立ち上がった。
肉体的というよりも精神的疲労が大きかった、この四半時ほどの叱責と拷問のようなツンツン攻撃。
エドモントにとっては悪夢のような時間だったのだろうが、これにより公爵とサイラスの溜飲が下がったお陰で侯爵家へ抗議文は送られずに済んだのだから、耐えたかいがあったというものだろう。
麻里は心の中で『お疲れさん』と思いつつ、満足そうに笑った。




