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「あちゃ〜、バレたか」
ま、いつかはバレると思ってはいたけど、案外早かったわね。
「驚かせてごめんなさいね。これが本当の私、水田麻里なの」
「もしかして、魔法?」
「魔法じゃないわ、メイクよ」
「メイクであそこまで変われるんですか!?」
地獄のような時間の末、更に美しく矯正されたボディーを生かすべく、シルエットにこだわったパッと目を引く深紅のマーメイドラインのドレスを身に纏う。
どの角度から見ても死角なしと言えそうに、エレガントかつ格好良く仕上がったドレスは、きっと麻里以外に着こなせるものはいないだろうと思えるほどに良く似合っていた。
「「「「素晴らしいですわ!!」」」」
マリア達が声をそろえて感嘆の声を上げ、麻里は笑顔で「ありがとう」と返す。
セレンティーヌの支度はまだ終わっていないようなので、ドレスがシワにならないように気を付けながらソファーに軽く腰掛け、待っている間に紅茶を淹れてもらう。
良い香りの紅茶を口に含むとじわりと体の中から温められ、ようやく変な緊張から体が解放されていく気がした。
「夜会の度にこんな苦痛の時間を迎えないといけないなんて、貴族の女性って大変なのね……」
麻里が思わず呟くと、マリアがふふっと可愛らしく笑いながら、
「マリ様は元からスタイルがよろしいので小一時間で済んでおりますが、普通はこの倍以上の時間を掛けて絞られるんですよ?」
と、何とも恐ろしい言葉を口にした。
「アレの倍以上……」
今現在、セレンティーヌはその苦痛に耐えているのだと思うと、麻里は堪らず心の中で『セレン、頑張って!』とエールを送った。
◇◇◇
公爵家の馬車で王宮に向かうと思いきや、
「マリ嬢、車を出してもらってもいいかね?」
という公爵の一言で、車での王宮行きが決定した。どうやら王族の方達が『車を見てみたい』と言われたらしい。
……この世界に来て早数カ月。
お世話になっているこの公爵様の性格も、大分理解出来ているのではないかと思う。
その上で断言しよう。絶対にこの狸のせいだと。
絶対にこのオッサンが王様に、車に乗ったことを自慢したに違いない。
チラリと助手席に視線を向ければ、偉そうにしながらもキチンとシートベルトを装着した狸こと公爵様、その公爵の後ろにサイラス、麻里の後ろにセレンティーヌが座っている。
「いやぁ、快適だな」
なんて、サイラスの呑気な声に思わず嘆息する。
……まあ、運転は嫌いじゃないからいいけどね?
ただ、この世界に一台だけの車はやたらと目立つ。
仕方がないとはいえ、こういう目立ち方はちょっと勘弁願いたい。
そして案の定というか、王宮の城門には見たこともない怪しい乗り物を前に、これでもかという数の騎士達が駆け付けてきた。
とりあえず無言で助手席側の窓を開ける。
セイロン公爵の姿を目にし、剣を手にして車の周囲を囲っていた騎士達は、慌てて剣を鞘に収めると綺麗に揃って「申し訳ありません!」と頭を下げた。
そして車の前面にいた騎士達がザッと左右に分かれて再度頭を下げ、「どうぞ中へ」と言われた通りに車を進める。
数々の馬車に交じって車を停めて外に出れば、やはりかなり注目の的になっている。
公爵やサイラスは全く気にする様子もなく、セレンティーヌと麻里をエスコートして会場へと足を向けた。
「ほう、そなたが迷い人か。此度の迷い人は随分とまた美しいのぅ」
下顎の髭を撫でながら楽しそうに言う国王陛下は一見すると穏やかな物腰だが、スゥッと目を細められた瞳の奥は笑っていない。
その隣にいる妃殿下も柔和な笑みを浮かべてはいるものの、何を考えているのかは全く読めない。
セイロン公爵もだが、やはり国のトップだけあって、ひと癖もふた癖もありそうだ。
好意的に見えてその実、麻里がこの国にとってどれほどの価値があるのかを見極めようとしているように思う。
(うわっ、面倒くさっ!)
そんな思いから、極力目を合わせないように視線を口元に固定して、笑顔を貼り付ける。
麻里の願いが届いたかどうかは分からないが、セイロン公爵は二言三言会話を重ねると、
「例のものはこの場が少し落ち着きましたらお見せしましょう。では、御前失礼致します」
胡散臭い笑みを浮かべてそう締めくくり、早々に国王夫妻への挨拶を切り上げた。
壇上から少し離れた位置まで移動すると、麻里はホッとひと息つく。
「お疲れ様」
サイラスがそんな麻里の様子を見てクツクツと喉の奥で笑いながら労いの言葉を掛けた。
「ホント疲れたわ」
本当ならば面白がっているサイラスに文句の一つも言ってやりたいところだが、今はそんな気力もない。
社交界が狐と狸の化かし合いの場だというのは何となくは分かっていたけど、夜会に出て早々に一番デカい狐と狸のそれを目にしなきゃならないとか、ホント勘弁してほしい。




