1
「は? 夜会?」
「ああ。来月行われる夜会に、マリ殿にも出席してもらいたい」
以前セレンティーヌに言われ、いつかはくると思っていた夜会の話がついにきてしまい、思わず眉を寄せる。
「どうしても行かなきゃダメ?」
「私の口からは『ダメ』としか言えないなぁ」
眉間の皺を深める麻里の様子に笑いを堪えながら、サイラスが答える。
「むぅぅぅぅ」
セイロン公爵邸のサロンで、麻里はテーブルに突っ伏して唸り声を上げた。
こんな姿をダンデリーニ伯爵夫人に見られようものなら、きっとネチネチと長時間お叱りの言葉を受けることになるだろう。
「マリ様? 夜会にはわたくしも参加いたしますから、一緒に参りましょう?」
「え? セレンも参加するの!?」
ガバッと勢いよく起き上がる。
セレンティーヌは人前に出るのを極端に怖がっており、基本夜会やお茶会へは参加していない。
詳しくは知らないが、過去に相当嫌な思いをしたせいで、トラウマになっているようだ。
セレンティーヌを可愛がっている公爵やサイラスも、無理やり参加させようとはしていなかったはずなのに。
ということは、だ。
これは以前セレンティーヌが言っていた、『お断り出来ない夜会』ということか。
顔に出ていたのか、セレンティーヌが苦笑をしつつ答えてくれた。
「今回の夜会は王家主催のものですから、わたくしも参加せざるを得ないのですわ」
セレンティーヌの言葉にサイラスが頷く。
「是非ともマリ殿を連れてくるよう王命まで下ったから、諦めて出席してくれ」
「王家主催の夜会に、しかも王命って……。それじゃあ行くしか選択肢がないじゃないようぅぅぅぅ」
「ま、諦めろ」
サイラスがクツクツと喉の奥で笑いながら麻里の頭を撫でた。
「当日のエスコートは私がするから」
「え? セレンのエスコートは?」
「わたくしのエスコートはお父様がしてくださいますわ」
もうそこまで決まっているのかと、麻里はガックリと頭を垂れた。
「マリ様のドレスは急ぎ作らせておりますので、当日まで楽しみにお待ちくださいませね」
楽しそうに笑うセレンティーヌに、彼女も出席するのならばまあいいか、と諦めたように小さく息を吐く。
何だかんだいっても、セレンティーヌは流石は公爵令嬢だけあって、マナーも所作も完璧と言えるほどに美しいのだ。
彼女をお手本にしていれば、失敗することはないだろう。
あの領域にいくまでには、きっと血のにじむような努力があったに違いない。
あそこまでは無理でも、王家主催の夜会までにはある程度の所作やマナーは身に付けておきたい。
だって、お世話になっている公爵家の恥になるようなこと、絶対に出来ないもの!
◇◇◇
ーー夜会当日。
麻里はいつものように寝心地の良いベッドで目が覚めると、大きく伸びをしてからベッドを下りて、シャーッとカーテンを開けた。
室内に眩しい太陽の光が差し込み、
「ん、今日も良い天気」
と一人呟きながら、洗面所へと向かう。
顔を洗いふかふかのタオルで水を吸い取るように拭き、軽く口をすすぐ。
鏡台の椅子に腰掛けメイクをし、部屋着から動きやすいドレスに着替え、髪を整える。
ここまでは、いつもと同じである。
いつもであればこの後は食堂に向かい、サイラスとセレンティーヌと一緒に朝食を食べるのだけれど。
夜会の日は各自部屋で食べるらしい。
どうして? と使用人の一人に聞いてみたところ、とても分かりやすく説明してくれた。
まず、夜会の支度は朝食後のお風呂から始まり、全身これでもかと洗われた後にはマッサージが待っているとのこと。
磨きに磨かれた後はネイルの時間であり、この辺りで軽食となるらしい。
ちなみにネイルは乾くのに時間が掛かるので、軽食はサンドイッチやピンチョスなどが用意されているとか。
そしてメイクと髪を整えた後にコルセットを締めるのだが……。
このコルセット、二時間ほど時間を掛けて締めていくのだそう。
一気に締めると体への負担が大きいので、少しずつ締めていかなければならないらしい。
『体に負担が掛かるなら、そんなの着けなきゃいいのに』という言葉が喉まで出掛かっていたのを、必死で呑み込んだ。
そういえば昔、中世ヨーロッパの貴族令嬢は骨が変形するほどにコルセットを締めていたって聞いたことがあったな〜、なんて。
なんとまあ、恐ろしい。
コルセットの着用が終われば、後はドレスと宝石を身に纏って完成である。
夜会への支度はこのような流れで行われるのだが、ここまで聞いて分かるように、とにかく時間が掛かる。
朝食を食堂に食べに行くためにはメイクして髪を整えてドレスに着替えなければならず、その時間がもったいないので、自室で朝食を食べてもらうのだそうだ。




