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「はぁ!? 何これ? どうなってるの!?」
後部座席に置かれたそれらを目にし、麻里は困惑していた。
なぜならそこにあったのは、旅行バッグと大量のコスメシリーズの入った段ボールなどで。
それらは昨日、セレンティーヌ達を乗せるために、車からおろして部屋に運んでもらったはずのものだった。
一瞬、誰かが部屋から車に戻したのか? と思ったものの、そんな面倒なことをするとは思えないし、何よりそれは不可能だ。
車はしっかりと鍵ロックされていたし、そもそもこの邸には、というかこの世界にはワイヤレスキーの開け方を知っている人はいないはず。
なぜなら、麻里の前に迷い人がこの世界に来たのは三十年近く前のことで、その頃にはワイヤレスキーはまだ存在していなかった。
キーは食堂に来る前までバッグの中から出していないし誰にも見せていないので、この世界でアレが車のキーであることを知っているのは、麻里だけである。
「どうしたんだい? 何か問題でも?」
サイラスが声を掛けてくるが、混乱している今は彼に説明するのも億劫というか、申し訳ないが少し放っておいてほしいと思ってしまう。
だからつい、
「……いいえ、何でもないわ」
などと誤魔化すように答えたのだけれど。
今まで全く空気を読むことをしなかったサイラスが、
「そうか、ではマリ殿が話してくれるのを気長に待つとしよう」
なんて言うものだから、何だか調子が狂う。
この人は案外鋭い人なのかもしれない。
まあ公爵家の嫡男であり、あの狸の令息なわけで。
……少し気を付けなければいけないな、と思う。
とはいえ少し気まずくて、返事をせずに視線を車の中へと向けた。
恐る恐る手を伸ばし、旅行バッグを開けて中身を確認すれば、当然のように鏡台の上に並べて置いたはずのメイク道具一式やら着替えやらが入っていた。
考えて分からないのなら、もう考えない。
麻里は考えることをアッサリと放棄して、旅行バッグとコスメシリーズの入った段ボールと撮影用機材などを使用人と分担して持ち、部屋に向かった。
ちなみにサイラスは先に応接室へ戻り、セレンティーヌと用事を終えた麻里がくるのを待つそうだ。
あまり待たせるわけにはいかないから、荷物を置いたら応接室に行くとしよう。
「何だかなぁ……」
クローゼットの扉を開けて、麻里は溜息をつきながら呟いた。
クローゼットの中にはやはりというか、コスメシリーズの入った段ボールと荷物を抜いた旅行バッグが端っこに置かれている。
これは今持ってきたものではなく、昨日運んでもらった方の段ボール達だ。
昨日車から移動させた荷物だけが、なぜか二つに増えていた。
「増えてラッキー! でいいのか? これは」
よく分からないが、とりあえず持ってきた段ボールを昨日の段ボールの上に重ねて載せ、旅行バッグも昨日の旅行バッグの隣に置いた。
撮影用機材は邪魔にならないよう、奥に重ねて置いておく。
ハァと大きなため息をつき、何だかここに来てからため息ばかりだな、と苦笑する。
クローゼットの扉を閉めて、使用人に応接室までの案内をお願いした。
本当は何も考えずにベッドにゴロンしたい気分だけれど、サイラスとセレンティーヌが首を長くして待っていると思うと、行かざるを得なかったのだ。
応接室の扉の前に立つと、微かにだが中から楽しそうな話し声が漏れ聞こえてくる。
案内してくれた使用人に感謝の言葉を述べてから扉に手を掛け中に入ると、笑顔のサイラスとセレンティーヌがこちらを向いた。
◇◇◇
翌日――。
「やっぱりある……」
麻里は車の後部座席に当然のように鎮座している、旅行バッグとコスメシリーズの入った段ボールと撮影用機材を前に呟いた。
何となくそんな予感がして確認しにきたのだが、これでコスメシリーズの段ボールは三箱目であり、旅行バッグとその中身も三つに増え、撮影用機材は二つに増えた。
ここから導き出せるのは、日付けが変わるとこの世界にきた瞬間と同じ状態に戻るのではないかということだ。
初日に車から出した荷物は旅行バッグとコスメシリーズの段ボール。撮影用機材は移動していない。
翌日に撮影用機材以外が増えていたことからそう考えたのだが、これはもう一度撮影用機材以外の荷物を運び出し、明日どうなるのかを検証してみた方がいいだろう。
正直、撮影用機材はこれ以上増えても困る。
何かを撮影したところで、印刷するプリンターなどの機械はないのだから。使い道がなければ、ただのオブジェである。
だが、旅行バッグの中身が増えることには大歓迎だ。
もう元の世界に戻れないとして、シャンプー・トリートメント・ボデイーソープや化粧水など、使い切ってしまったらどうしようと思っていたので、助かった。
こちらの世界の石鹸などは、申し訳ないがとてもではないが使う気になれないものばかりだったのだから。




