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解け始めた流れ

 宝玉堂にいたのはラシドだけではなかった。


かといって同じ冬の守り人になっているモブがいたわけではない。

そこにはなぜか町一番の美人と言われているカイラがいて、楽しそうにラシドと笑い合っていた。


「テーゼの冬の女王でもあんな顔をして笑うのね」


ポツリと呟いたマンデラの言葉で、アネスはやっと我に返った。


本当だ。

滅多と感情を外に表さないと言われているカイラは、クールで近寄りがたい冬の女王という通り名で呼ばれている。隣町の貴族がカイラに言い寄ったそうだが、すぐにフラれていた。貴族でもお気に召さない冬の女王ということで、ここら辺りではますますカイラの名前が有名になったのだ。


そんなカイラが笑っている。

皆に朴念仁と言われているラシドと……


これはアネスにとって衝撃の光景だった。

ずっと悩んでいたラシドへの告白を思いとどまるには、充分な理由にもなった。



その日はどうやって守り人の務めをはたしたのかわからない。

時折マンデラにつつかれては、ハッしとて動いていたように思う。当番だったラシドにも怪訝な顔をされたが、アネスはラシドの顔を見るのも苦痛だったため、守り人の務めが終わると逃げるように家に帰ってきてしまった。


テーゼを出て行こうかな……


ラシドがカイラと結ばれるのなら、そんな二人の様子が見えないところへ行きたい。


アネスは生まれて初めて、住み慣れたこの町を離れることを考えていた。



夜のとばりがテーゼの町をすっぽりと包んだ時、アネスの部屋の窓を叩く音がした。

長兄のイセンが母親に締め出された時に、よくアネスの部屋を出入り口にすることから、何とも思わずに窓を開けたアネスだったが、そこに立っていたラシドのひょろりとした長身を見て、一瞬で凍りついてしまった。


「ラシド…………」


「こんなに遅くすまない。今日、アネスの様子がおかしかったからマンデラに理由を聞いたら、こっぴどく怒られたんだ。そのことを家に帰ってカイラに言ったら、すぐに君のところに行くように言われて、ええっと、その……」


カイラ……もう一緒に住んでるのね。


アネスは強張った顔を何とか動かして、笑みのようなものを形作った。

「あなたは何も気にすることはないのよ、ラシド。マンデラが何を言ったのか知らないけど、私のことは気にしないでちょうだい。都での勉強、頑張ってね」


そう言って窓を閉めようとしたアネスの手を、ラシドは咄嗟に握ってきた。

冷え切ったラシドの手が、窓の外での彼の逡巡を伝えてくる。

優しいラシドは、アネスに何と伝えようかと、寒い中ずっと窓の外に立っていたのかもしれない。


「ち、違うんだ。ええっと、たぶん誤解だ。カイラは義理の姉なんだ。ちょっと前に父さんが再婚して、カイラの母親が、僕の義母になった。二人とも歳だから近所の人に知らせるのも恥ずかしいって、教会に婚姻届けだけを出したんだけど、こういう風に誤解されるんなら公表してもらったほうがいいよな」


「……………………」


カイラが義姉?

アネスは困り切っているラシドの顔を呆けた顔でじっと見てしまった。


「宝玉さまもアネスには僕のそばにいてもらったほうがいいって言ってたし、えっとマンデラが言ってたことが本当なら、僕が、その……都から帰って来るのを待っててほしい」


ラシドはそんなことを早口で一気に告げると、顔を真っ赤に染めて咳払いを一つ残しただけで、すぐに走ってどこかへ行ってしまった。


なんか信じられない言葉を立て続けにたくさん聞いた気がする。


普段、寡黙なラシドが話した言葉は、ここ何か月かで一番多かった。

「帰るのを待っててほしい」

これって、プロポーズだよね。

あの気が利かないラシドが、こんなちゃんとしたことを言ってくれるなんて驚きだ。



それに宝玉さまの声が聞こえるなんて、ラシドったら100年に一人と言われている「聴き人」だったのね。

テーゼに益をもたらせる聴き人は、長年町の人々が待ち望んできた救世主だ。

アネスの両親が生まれた頃に亡くなったという、前の聴き人だった老オラフは、長年、町長として町に貢献してきた。

その後、聴き人が現れたという噂を聞かなかったが、ラシドがそうだったんだ。


「アネスにそばにいてもらったほうがいい」か……

宝玉さま、グッジョブ!


ゆるんでくる顔も、ここのところ悩み抜いていたことも全部、トロトロと春の雪のように解けだしたアネスだった。ラシドに初めて掴まれた自分の手を見ていると、自然と顔に微笑みが浮かんでくる。


開け放したままの窓からは、どこかの屋根から雪がドサリと落ちる音が聞こえてきた。軒のツララの先からは水がポタリポタリと落ちてきている。

そんな小さな音たちが、テーゼの町に春を連れてこようとしていた。

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