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告白するべきだろうか

※ 相内充希さん主催の「共通書き出し企画」参加作品です。

 それは、天上の白き宝玉と呼ばれていた。


テーゼは吹雪が似合う街であった。

雪の中で建物を見失わないようにと黒く塗られた壁や柵、間をなるべくあけないように家々が並んでいるのも、吹雪の時に誰かが野原に迷い出して遭難するのを防ぐためだ。

そんな黒く混み合った街並みは、夏の日差しの中で見るとどこか暑苦しく窮屈そうに見える。

凍てつく冬の吹雪の中でこそ、頼もしい真っ黒な建物が肩を組み合って人々を守っているように見えるのだ。



「今年の吹雪もそろそろ終わりかしら?」


初春月(はつはるづき)に入り、川の氷が解け始めた橋の上で、アネスは独り言を呟いた。


もうすぐ宝玉さまを、春の守り人に渡さなくちゃいけないわね。


空から絶え間なく降って来て、次々と川の水の中に溶け込んでいく雪礫(ゆきつぶて)をぼんやりと見つめながら、アネスは物思いにふけっていた。



テーゼの街を古くから守っているといわれている宝玉さま。

天上の白き宝玉と呼ばれているその貴重な隕石は、霜月(しもつき)の一の日に、紺碧の空からゆっくりとこの地に降りてきたと伝えられている。

その神々しい白き光は静かに輝き続け、千年もの間ずっとこの街を見守ってくれている。


いつの時代からの風習かわからないが、その宝玉さまを守る「守り人」が毎年選出されることになっていた。

その役目は季節を巡りながら、二十歳になる未婚の若い男女が次々と順繰りに請け負っていくという慣習だ。今年の「冬の守り人」の女性にはアネスとマンデラが、男性の方はラシドとモブが選出されていた。

ラシドと同じ時期に守り人になったことはアネスを興奮させたが、その役目ももうすぐ終わろうとしている。


「アネス! 寒いのにこんなところで何してるの? 朝の祈りに遅れるわよ~ なんせ私が言ってるんだから」


友人のマンデラがのんびりとやって来て、橋の欄干から川を眺めて(たたず)んでいたアネスの背中をバシリと叩いた。


「うわ、ヤバっ。もうそんな時間?!」


朝早く家を出てきたのに、遅刻魔のマンデラが出勤する時間になっていたなんて……

自分はいったい何時間ここに立っていたんだろう?


春から都に勉強に行く幼馴染みのラシドに、自分の思いを伝えたほうがいいのではないかと、アネスはここのところずっと悩んでいた。


都に行けばラシドは好きな農業の研究に夢中になって、アネスのことなど忘れてしまうだろう。ただの同級生から、一気に恋人になれるとは思っていない。けれど「慕ってくれている女の子」という自分の印象ぐらいは彼の中に残しておきたいという焦燥感にかられていた。


ただアネスのこんな「思い」が重たいと感じられて、避けられるようになるかもしれない。

ここが一番の悩みどころでもあった。



ラシドにだけは、仕事に遅刻するなんていうカッコ悪いところを見せたくない。

もう習慣になってしまっているそんな見栄が、やっとアネスの足を動かした。


アネスはマンデラの黄色い手袋を、力任せに掴んで足早に歩き始めた。


「行くよ、マンデラ!」

「ちょ、ちょっと、もう少しゆっくり歩いてよ~ 氷で滑るじゃない。うわっ! おっとっと……」


のんびりした性格のマンデラは、急にアネスに引っ張られたので、雪が解けて固まった氷に足を取られて転びそうになった。

アネスが咄嗟(とっさ)に支えて、握っていたマンデラの手を支えたので、二人して無様に転ぶことはなかったが、ヒヤリとした。


「もうマンデラったら、何年ここに住んでるのよ。雪道の歩き方は知ってるでしょ? ほら、さっさと歩く!」


転ばなかったのでホッとした反動で、ついマンデラにきつめの言葉をかけてしまったが、マンデラの方はムウっとふてくされた顔をして文句を言った。


「もぅ~、そんなに急いでるんなら、なんでもっと早く宝玉堂に行かなかったのよ。今日は愛し(・・)のラシドが聖水当番でしょ? 早く行ってたら、しばらく二人っきりの時間を過ごせたじゃない」


アネスは慌てて、手提げ袋をぶら下げていた方の手で、大きな声を出したマンデラの口をふさいだ。


「もうっ、そんなことを朝っぱらから道の真ん中で叫ばないでよ!」


マンデラはニッと笑って、塞がれたままの口でモゴモゴと言い訳をする。


「隠さなくても街中の人が知ってることじゃない。いや、知らないのは本人だけか…… あの取り澄ましたラシドは何でアネスの思いがわからないのかなぁ? こんなにバレバレなのにね。うーん、わかっててスルーしてるとか?」


わかっててスルーしてる?

アネスの小さな胸がズキリと(きし)む。

もしかして告白なんてする前に、避けられていたのだろうか……?


「それは……キツイ」


ラシドのことは、思い出せないほど小さい頃からずっと好きだった。

でも、ラシドはアネスの思いをずっと知ってて知らん顔してたんだろうか?


それがホントなら、辛くて恥ずかしくて、もうラシドとは顔を合わせられない。


アネスの顔が今にも泣きだしそうに歪んだので、さすがのマンデラも慌てた。


「ごめん、言い過ぎた。あいつは唐変木(とうへんぼく)だからね。ラシドの頭の中には難しい農業理論の事しか入ってないから。女の子の好意なんて通じないのよ~」


マンデラの言っていることはアネスも常々、思っていたことだったが、自分が思っていても他人にそう言われると反発したくなってしまう。


「ラシドはあれでいいのよ。彼が女の子の気持ちがすぐにわかるような器用な人だったら好きになんかなってないもん」

「はいはい、おっしゃる通りです」


彼は女性とはろくに話もしない。

そんな研究バカの頑ななところも、ラシドの魅力の一つだ。


しかし宝玉堂に着いたアネスたちは、意外な光景を目撃してしまった。

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