プロローグ
薄く笑む月の下。
いくつものテントが、街はずれに建っていた。普段は街と森の境目にあたる、小石が転がる空き地。ここにテントが建つ期間は、たったの半月ほど。
そのうちのひとつのテントでは、簡易な机を挟んで、二人の男が向き合っていた。机の上のランプがテントから漏れ、三日月だけでまだまだ暗い夜闇に、ぼうっとテントのシルエットを映し出していた。椅子に座っている男は初老、机を挟んで立つ男はまだ若かった。明るい空の下では灰色に見える、二人のよく似た髪色は、ランプの橙色の光を吸い混んで黒く朱かった。
若い男の朱殷の瞳は伏せられ、拳は固く握られていた。喉から掠れた声が出る。
「……父さん、本気なのか」
「本気だ、ルウ」
真面目な顔で父親は頷いた。ルウの肩の力は抜けはなかった。
「父さんが……、父さんが言ったんじゃないか……」
「あぁ」
「動物遣いはモネリアには入れないって」
「言ったな」
あくまで穏やかなその肯定も、猶更ルウの困惑を煽っただけだった。
上げたルウの視線は、目の前に座った父親を捉える。不安げな視線が、団長としてではなく父親としての答えを求める。
「なら、どうしてだよ……。俺は、あんなことができる奴らを仲間なんて、一人だって呼びたくねぇよ」
そう言いたくなるような場面に連れて行ってしまったのは自分であり、その思考に少なからず影響を与えてしまったのも自分のせいだ、と父親は思った。しかし。
「ルウ、近年のサーカス業界の傾向を考えれば、モネリアが生き残っていく為には今のままでは駄目だ。わかるだろう」
「……あぁ」
「変革が必要だ。目玉になるような、起爆剤となるような、何かが加わるべき時なのだ」
父親は、―――いや、モネリアサーカス団長は先日顔を合わせた若い女を脳裏に浮かべた。表情も少なく、礼儀はわきまえていたがそれ以上の愛想は無い、まだルウより若い顔立ちの綺麗な女。その彼女が会わせてくれた、まだ多くの謎に包まれた賢そうな猛獣も、同時に思い出した。
「……あの子は、単なる動物遣いではない」
ぼそりと呟く父親に、ルウは眉を顰める。
「遣ってる動物が普通じゃないだけだろ。結局やり方は変わらない。父さん、俺は反対だ!……まだ、戻れる」
「いや、戻れないよ、ルウ」
ルウを見返し、きっぱりと言い切るその目は、団長としての目だ。子を思う優しい父親の目ではなかった。ルウはぐっと押し黙った。こういう態度を取るとき、彼はいつだってモネリアのことを考えた発言しかしない。
「彼女は、うちに入れる。そして、我々は変わらず、『優しきサーカス』のまま、世界を回り続ける」
「……日は」
「おそらく、一月後の公演場所から合流する。……ルウ、前に進むしかないんだ。モネリアも、私も、そしてお前も」
ルウは静かに目を閉じた。溜息は堪えて、代わりに息を吸う。「わかったよ」と呟いてから、テントを出た。
先程まで緩く弧を描いていた三日月は、細長い雲に覆われて、上半分を隠してしまっていた。
※この小説は、「#スイートチョコレイトロールシフォンケーキ」通称「うぇぶ菓子」という一次創作企画に基づいたものです。詳細は:https://sclrcc.jimdofree.com/
※上記の企画を一切ご存知なくても、単なる「小説」として完結する物語を展開致しますが、ご興味ありましたら上記URLをご覧いただければ幸いです。
2019/03 キホ☆。