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クロと桜  作者: けいりゅう
1/8

物語はこうして始まる

 月が奇麗な夜だのう。こんな夜はふと、わしが生きていた時代を思い返してしまうわい。うん?どんな話かと?聞いてみるか?

 ・・・さて、そのころのわしは、音兎(ねと)(おさ)として絶頂期にあった。む、音兎を知らぬか。

 われら一族は皆、生まれた時の姿は猫だ。大抵はそのまま老い、死ぬが、たまに成人すると人へと変化(へんげ)する者が現れる。その者たちは猫の力をそのままに人になるものだから、跳躍力、柔軟性、素早さ、嗅覚、聴覚も人のそれより遥かに高い。そして霊力もな。まあしかし、いつの時代もあまりにも異質なものは人に受け入れてもらえぬ。もともとは群れるのを嫌う(さが)はあるのだが、仕方なく一族としてまとまるしか生き残るすべはなかったゆえ、音兎は生まれた。

 実はの、先代の長が、時の帝の除霊に成功してな。それで我ら一族は、その後に続く帝たちのお傍近くに置いてもらえる立場になった。まあいわゆる陰陽師とやらが生まれる少し前の話じゃな。

 我々の能力は、危険察知に非常に長けておるでな。一族の者は身辺警護や、怨霊退治などの方面で活躍しておった。わしはといえば、その長であるがゆえに、人間の姿を取れるようになったらすぐに、次の帝とされるお子の方々と遊び友達のようにして育ち、成人してからはその話相手として重用されておった。まあ、その時代でも当然猫に変化できるということは、絶対に明かしてはならぬ秘密であったがの。

 しかしこの性格ゆえ、権力には全く興味がない。それで、(じゅん)大臣(おとど)という、まあ(まつりごと)を行う大臣の次に偉いが、政治力は全くないという立場にあったのよ。

 名を、黒の宮と名乗っておった。誰もがわしのこの艶やかな黒髪とこの綺麗な目を指して名づけたのだと思うておったようじゃが、まあ実際にはご存知の通り、猫の姿から取っただけのこと。あの時代に本名を名乗るということは、その相手に命を握られるも同然であったから、そういった通称での呼び名が通るのだった。

 あの時代の貴族はといえば、日々をほぼ遊びに費やすのが雅とされておっての。わしはこの美貌で朝廷の人気者じゃったから、まあおなごに困ることはなかったの。・・・おお、視線が痛いぞ。

 高い霊力と美貌と、その身分じゃ。もう怖いものなど何もないじゃろ?そんな時じゃった。帝からある命が下ったのは。

 それは他でもない、自分の妻である皇后がいきなり臥せってしまったというもので、薬師、今でいう医者に診てもらっても原因はわからぬという。それで、怨霊が原因なのではないかと相談がもちかけられたというわけじゃ。

 本来、わしら一族の警護対象は帝だけであるから、わしが皇后を見なければならぬ義理はない。しかし皇后じきじきの願いじゃというから、しぶしぶ引き受けたのじゃ。

 まずは皇后が最初に相談したという、皇后がひいきにしておる神社へとその経過を聞きにいった。そこの神主はまあ、平々凡々な男でな。霊力の欠片も感じなんだ。なにゆえこんな神社が皇后のひいきになっておるのかまったくわからなんだが、とりあえずそれを帝に報告し、お取り潰しを願ってやると言い放って、庫裡(くり)の外に出た時じゃった。

 目の前の、玉砂利を敷き詰めた地面に、巫女が座っておったのじゃ。

 その美しいこと。肌は抜けるように白く、卵なりの顔だちを引きたてるかのようなまっすぐで艶やかな黒髪。それを一つに後ろで束ね、きっと見上げたまなじりの強さ。化粧はしていないはずなのに、紅潮した頬と、紅をさしたかのような美しい唇。粗末な綿で作った真っ白な白衣と緋袴さえも、その者が着たものだけは絹で誂えたかと思うかのような清廉な姿。

 これまで数々の美しく着飾った貴族のおなごどもを見てきたわしだったが、その者はまるで天女のように神々しく映ったものよ。思わず絶句し、見惚れてしもうたくらいじゃ。

 「お待ちください」

 小さな唇から放たれた言葉はわしを打った。何故かは知れず、それは絶対に守らねばならぬと思うたのよ。今思えば、きゃつめ、わしに言霊(ことだま)を飛ばしたのじゃな。

 いつもなら、いくら見惚れたとは言うてもわしは大臣。身分の低い者など目にもくれずに通り過ぎるはずであったのに、思わず本当に待ってしもうた。

 わしはそれがどうにも腑に落ちず、腹立たしいのも手伝って、ぶっきらぼうに返事を返した。

 「なにゆえ、そなたのような者がわしを留める」

 「・・・申し訳もございませぬ。ただ・・・お取り潰しをご勘弁ねがいたく」

 しかしその目は、わしを強く見つめ、まるで戦いを挑んでおるかのような光を秘めておった。ほれ、わしらは危機察知能力に長けておるじゃろう?そういう敵意のようなものは敏感に感じ取れるのじゃ。わしもムっとして見返してやったわい。

 「それは願っておるような目ではないの。そなた、他に言いたいことがあるのではないか?」

 「・・・ございますが、この場で申し上げてもよろしいのですか?」

 と、こう返しよった。こうなれば売り言葉に買い言葉じゃな。おう、言うてみいと言い返したらの、あやつはすっと背筋を伸ばし、わしを指差してこう言うたのじゃ。

 「正体を現わせ!」

 とたんじゃ。わしの付き人をしておった一族の者たちが、いきなり猫に戻ってしもうた。さすがにわしは変化しそうになるのを止まったが、しかしとんでもなく慌てたぞ。急いで結界を張り、その場にいた人間どもには記憶置換の術をかけた。

 巫女は厳しい目でその様子を見ておった。一段落して、わしは正直に一族の正体と、なにゆえこの立場におるのかを説明し、ようやく巫女の敵意は収まったのよ。

 本性の見える巫女には、わしらの猫の姿ははっきりと見えておったのじゃな。帝を惑わす化け物と思うておったらしい。わしのかけた記憶置換の術が効かなかったのは、後にも先にも巫女だけじゃ。

 わしはようやくこの神社が本当に誇る存在を知った。それがこの桜の巫女じゃった。桜の枝での浄霊を得意とするがゆえにそう呼ばれておっての。皇后が臥せってしまわれた時には、ちょうど頼まれて遠方へ浄霊に行っていたため何のお役にも立てなかったということじゃった。

 そういうことならと桜の巫女に皇后の世話を依頼したのじゃが、その当の皇后が桜の巫女では嫌じゃとつっぱねての。結局わしが皇后の元に行くことになったのよ。

 わしはどうしても皇后に二人きりで会いたくなかった。過去、良い噂を聞いたためしがなくての。まあこれは絶対の秘密じゃがという前置きで、色々な者から数々の公達(きんだち)との浮気話を聞かされておった。知らぬは帝ばかりなり。周りでは男好きの皇后さまというのは有名だったのじゃ。

 わしはおなごは大好きじゃが、政争になるようなもめ事はごめんじゃ。それで皇后だけは避けて避けて、朝廷でもなるべく会わぬようにしておったのじゃがの。

 どうしようもなく追い詰められた気分になって、仕方なく桜の巫女を伴って伺った。

 結果、桜の巫女に取り憑いたのは、皇后自身じゃった。

 む?どういうことかとな?

 つまりは、皇后はほかでもない、わしに懸想(けそう)しておったのよ。しかしわしが用心深く皇后を避けておったことと、わしは帝の話相手じゃからの。命令してなんとかできる相手ではなかったことがあいまって、手の出しようがなかったわけじゃ。その一方で、わしの艶聞は女房どもから聞かされる。とうとう可愛さ余ってなんとやら、手に入らぬのなら呪い殺してしまえと思うた。

 ところがわしはの、自分にかけられた呪いはこの超強力な霊力で無意識に術者にはね返してしまうのだなあ。それで強い呪いは自分に返ったというのが事の次第。

 そこにわしがとんでもなく綺麗なおなごを連れて参内したものだから、皇后の怒りは絶頂に達し、わしに向かうはずの憎悪がすべて桜の巫女に行ってしもうた。

 生き霊となって取り憑いた皇后がわしに泣きながら綿々と恨みつらみを吐き出して、ようやく皇后の体調不良の原因が知れたのよ。

 どうやって解決したか?ほっほ、簡単なこと。桜の巫女に接吻してやった。・・・おっと、なぜそう睨むのじゃ。

 積年の皇后の想いを受け止めるには、それしかなかろう?泣いてかきくどく桜の巫女を黙って抱き寄せ、接吻をば一つ。とたんに静まり、御簾の奥で寝たきりになられておった皇后自体もすっかり回復なさったよ。

 ふふん、そうじゃの。我を取り戻した桜の巫女が、抱かれたままわしの顔を見つめ、とたんに火が点いたように真っ赤になったあの可愛らしさはたまらんかったの。皇后の部屋でなければそのまま押し倒しておったところじゃ。

 ごほんごほん・・・まあつまり、それが桜の巫女との出会いじゃの。

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