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輪廻の果てへ  作者: 葉和戸 加太
三章 アルジャーノン計画
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99 武人の誇り

 あおりにあおる。


 論理的な口論となれば、こんなガキんちょに僕が負けるわきゃないやろ。


 大人げない? 


 その自覚は無きにしも非ずだが、今回は忍耐の限界を超えてきやがった。


 それに今の僕は紛れもなく子供だ。子供の世界は大人のルールとは違ったもので成り立っている。いまさら大人の倫理を持ち出したところで何の解決にもならん。


 そもそもだ、大人ですらパワハラ等のイジメはある。組織としてイジメを管理できていれば良いのだが、それが不十分な場合、自分の身は自分で守る必要がある。理想を求めるのは結構だが、現実から目を背けても何ともならんのですよ。


 非常にまれなケースだが、上司や同僚に殺されるといった、悲惨な事件をニュースを耳にした事が有る。どんだけブラックな職場やねん。そこまでの修羅場なら暴力も正当防衛だとは思う。


「もはや勘弁できん。放課後に勝負…… 決闘を申し込むっ!」

「お前、つくづく救い難いな。」

「な… なにぃ?」

「そんな事やっとるからアカンって言われるんやぞ。来るなら今こいや。」

「く……。」

「それとも逃げるんか?」


 僕としては放課後まで先延ばしにしたくない。時間が経てば冷静さを取り戻すかもしれない。やるなら今だ。


 タケは武で身を立てようとしているらく、それなりの矜持は持っているのがうかがえた。そのプライドを挑発してみたが、どう反応するだろうか。


 武士道という言葉があり、それを一言で言えば職業軍人の在り方を説いたものだ。死と隣り合わせな職業である為、独自の死生観が発達したのだろう。


 また、忠義の道や日頃の立ち振る舞いについての規範もある。他者の生命を奪う力を持ちながら信頼できんとなれば、そんなヤツは迷惑極まりない。武の道に礼節が重んじられるのも当然かもしれない。


「それなら望み通りやってやんよ。とっとと立て。」


 いきなり殴りかかられる事も予想し、軽く腰を浮かせて警戒していたが、体勢を整える余裕をくれたようだ。


「始めにひとつだけ言っとくけどな……。」

「なんだ?」

「これからは僕らにちょっかい出してくるなよ。」

「お前が勝てたら考えてやるよ。」


 距離をとり、合わせ鏡のようにお互いが身構える。サウスポーの合わせ鏡とはオーソドックススタイルで、タケは右構えである。剣道の竹刀の持ち方から予想してはいたが、やはり右利きだったようだ。


 周りが騒めき始めるが止める者はいない。ワカ達には話が付いているので当然の対応だが、キュウが止めに入らないのはタケが勝つと思っているのだろう。


 事実、体格はタケが上回っている。


 しかし、そんな事は承知の上だ。フィジカルは重要だが、それで全てが決まるのなら格闘技に存在価値など無い。やったるぜ。


 狙うはカウンターだが、体格差もありリーチは僕が劣る。こちらの攻撃を当てるには、タケの攻撃をかわしつつ懐へ潜らなくてはいけない。


 初めての実戦となるがカウンターをとる事が出来るのか?


 おそらくは無理だ。冷静に対処しようと思うが、どこか興奮しているのが自分でも分かる。アドレナリンのお陰で火事場のクソ力が出るかもしれんが、楽観視するのは良くない。純粋な力はともかく、興奮状態では真面まともな判断が出来ないだろう。これを踏まえて作戦を練り上げたつもりだ。


 タケも興奮しているが、手堅く牽制の左ジャブを入れてくるので、僕も軽く左手でいなした。


(ふん。甘いな。)


 一気に攻めて泥仕合に持ち込めれば技量の差を埋める事ができるが、それが出来ないのが覚悟の差だぜ。タイミングは覚えた。次に勝負を賭ける。


 再び不用意な牽制ジャブをタケが放つ。ココだっ!


 右足を半歩踏み込み、軽く体を沈みこませて左ジャブを上段受けで受け止める。上段受けとは頭部への攻撃を腕で防御する型であるが、ただ防御するだけでなく、受けると同時に敵の腕を攻撃する意味もある。敵の腕を痛めつけるつもりで受けろと習ったのを覚えている。


 腕を破壊する事は難しいが、体勢を崩すくらいは出来る。強いパンチを打つほど打ち終わりの隙が大きくなる。ジャブ程度の動作では出来る隙も小さいが、攻めの意思を込めた防御であれば、その隙を広げる事ができる。


 右手でタケの腕を強く払いのけ、彼の身体を開けせて正面に向ける。その隙を突き距離を一気に縮める事が出来た。ここは既に左ストレートの射程圏内だ。


 正拳逆突きの動作に入ろうとすると、同じくタケもストレートパンチを打つ気配が感じられた。僕のパンチが届くという事は、相手の攻撃も届くという事。勝負を分ける一瞬が今だ。ここからは単純に速い方が勝つ。


 覚悟、……というより、恐怖に突き動かされて拳を前へ出す。闘争心ではなく、負けたらヤバいという恐怖心のほうが強い。


 無我夢中で繰り出した拳に、突き抜けるような衝撃が伝わってきた。僕としては打ち終わりの隙を突いたつもりだったが、期せずして見事なカウンターが完成していた。


 残った衝撃の強さから威力の度合いが推し量られる。正確に言えば、僕の放った打撃はボクシングのストレートパンチではなく、空手の正拳逆突きである。


 正拳突きの打ち方を説明すると、始めに掌を上に向けて構える。そして拳を突き出しながら180度の捻りを入れて相手に叩き込むのである。ボクシングではこのパンチをコークスクリュー・ブローと呼ぶ。捻りが入る事により攻撃力が増すと言われる強力なパンチだ。


 この正拳突きがカウンターで真面まともに入ったのだ。もはや立ち上がる事は出来ないだろう。

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