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輪廻の果てへ  作者: 葉和戸 加太
三章 アルジャーノン計画
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94 心の枷

 何だか話が難しくなってきたが、社会問題まで発展すると僕の手に余る。難しい問題は大人に任せ、出来る事だけやっていこう。


 とりあえず良かったのは、キュウ一家を敵に回しても実害が無い点だ。将来的にどうなるか知らんが、学校にいる間を除き、日常生活には何の影響もない


 そうと分かれば取れる対策にも幅が出てくる。


 最優先となるのは家族の安全、特にハナ姉だ。わんぱく少年のケン兄についてはよっぽど大丈夫だと思うが、念には念を入れたほうが良いだろう。


 剣道場の先輩たちに事情を話し、彼らがからまれたりせんように注意して欲しいとお願いすると、快く引き受けてくれた。


「分かった。俺らに任せとけ。」

「すげぇやっ気になっとっな。」

「女の子に良かトコ見せたいんだろ。」

「悪かか。わいは引っ込んどれ。」


 うーむ、このヒトら送り狼にならんやろな。頼むでしかし。


 まあ、考えてみたら男の子にとってやる気になるシチュエーションかもしれん。


・正義は我にあり

・お姫様ハナねえを守る英雄ヒーロー


 大義名分があり、女の子の前でカッコ付けられる。張り切るのも分かりますな。


 因みに、キュウ一味である武家の子は旧権力者サイドに属しており、剣の道場も別流派である天地自在流を学んでいる。


 天地自在流か、立派な名前しとるやん。


 その剣の奥儀は敵との間合いを制し、戦いの空間を自在に操る事にあるという。相手の心理を読んで繰り出される返し技に重きを置いている。


 先日の僕との試合ではカウンターの取り合いとなったが、相手の得意分野で戦わされとったっちゅう事やな。そら負けるわ。


 僕が学んでいる自顕じげん一刀流はカウンターではなく、己が至上の一撃を敵に先制し叩き込む事に神髄がある。


 自があらわると書いて自顕じげん流。


 己の敵は自分自身と考え、敵の動きに呼応するのではなく、自分の力を最大限に発揮する事を良しとする。力及ばざるは死ぬまでよという、達観した死生観が垣間見える。


 そのスタイルの違いもあり、お互いの事を道場剣術で実践では役に立たんとか、田舎剣術で優雅さに欠けるなどと批判し合う事があるという。


 さて、剣術談義はともかく、残る問題は僕自身がどうするかだ。


 心は決まった。先生に言い付けるのである。


 ええぇ~⁉


 ここまで来てそれか、ヘタレ野郎め。


 いや、これば僕なりの決意表明のつもりだ。平和的解決の為の手段は尽くすが、これ以上手を出して来たら許さんという、最後の一線がここだ。この最終ラインを割ったらぶちのめすと心に決めた。


 喧嘩がしたい訳じゃない。たとえ自分と意見が違うにせよ、相手の全てを認めないのは心が狭い。ただし、自分に害がない範囲においてはである。


 今回は自分だけではなく、家族にまで手を出しやがった。


 物事の解決に暴力は最終手段だが、話し合いが通じない時に必要となるかもしれない。または、力があるからこそ対話に持ち込める場合がほとんどだ。前世の国際情勢を振り返れば枚挙まいきょいとまがない。悲しい事やけどね。


 力こそ全てとまでは言わない。前世でも今の世界でも、ほとんどの人は善良で良い人ばかりだ。しかし、話が出来んヤツってのはどこの世界にも存在する。魔術契約で望んだ事と矛盾する考えではあるが、全ての問題が話し合いで解決する程、世界は単純ではない。


 そして、ついでと言っては何だが、自分の心の枷を取れるかを試してみたい。心の枷とは、他人に暴力を振るわないという良心である。


 他人に対して暴力を使い、自分の意に従わせるのは最悪だ。そんな事をするヤツとは共存できないとも思う。だが、自衛に暴力が必要な時が出てくるかもしれん。


 今の世界は前世と比べると治安が悪い。僕たちの暮らす北区は陸軍の駐屯地で、ワカやゴンの親たちのような侍(軍人)が規律を保っている為、他地区よりは安定している。


 しかしながら外に目を向けると、魔石採掘を目当てに集まった地方出身者が多い西区では、気性の荒い者が多く盗賊が現れる事もあると聞く。


 運悪く盗賊と対面した時、身を守る為とはいえ人を傷つける事が出来るのか?


 前世で格闘技を習っていたとはいっても、喧嘩で人に暴力を振るった事はない。そんな事は無い方が良いのは当然だろう。


 しかし、そんな事を言っていられない事態におちいった時、ある程度の経験がないと冷静な判断が出来ない。パニックになってしまう。


 何時いつか述べた事のある、マイク・タイソンと同じような経験だ。特に成功体験は大きな経験値が稼げる。やり過ぎるのは良く無いと思いますがね。


 変な自信を付けるのも考えもんだが、この機会に経験を積ませてもらうぜ。怪我をしても木属性魔法で治療してやりゃ大丈夫やろ。


 勿論もちろん、逆に負ける可能性は十分にある。勝てるならそれに越したことは無いが、勝敗よりも大事なモノが有る。


 それは理不尽な事には従わぬという意思表示だ。


 この世は思い通りにならない事ばかりで、常に正義が勝つというものでもない。正しき者が必ず勝つというのなら、人は宗教に救いを求めただろうか。


 これを哲学では不条理と呼び、この不条理とどうやって向き合うのかが、究極のテーマのひとつである。

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