86 儀式とプレゼンテーション8
Sトラップと検索すれば画像が出るので、理解の助けになるかと思います。
いよいよ水栓便所の説明に入る。
「配管の構造により、水で栓を作ります。これを見てください。」
そう言うと、便器の下部を覆っていた布を外す。
「こりゃ、ぐにゃりと曲がってるな。こんな構造で詰まったりはしないのか。」
「逆に、わざと詰まらせるという発想です。」
源太さんの疑問に答えてゆく。
便器から下水へと繋がる配管はまっすぐではなく、N字、若しくはSを横向きにしたような形で曲がりくねっている。この曲がりこそが水栓技術の核心だ。
水は高きから低きへと流れる。Nの右上から水を注ぎこむと、【 V 】の部分に水が溜まり、逆さま等にしないと、この部分の水は取り除けない。
水が詰まらせ栓とする事で、下水と便所の間にある空間が水で遮断される。空気が遮断されれば、もはや下水の臭いは便所の内に届かない。汚物の臭いから解放されるのである。
「配管に山の部分【 ∧ 】を作る事により水を堰き止め、管を水で満たします。これにより肥溜めと厠の間は水で栓をする事が出来る。これで水栓の完成です。」
皆が興味深げに配管を見つめている。
「良くこんなの思いついたな。まさに発想が違う。これが若さか。」
「ふふふ。ウチの自慢の子ですから。」
源太さんの驚きに春絵さんが答える。この発想のオリジナルは僕では無いので、手柄を横取りしたような心苦しさを覚えた。
真の発明者は、イギリスの時計職人アレクサンダー・カミングスだ。配管がSのように見える為にSトラップと呼ばれ、水洗トイレで初の特許を取得している。
さて、詰まらせたのは良いが、溜まった汚物は下水へと流さなくてはいけない。流す為には水圧を掛けて排出するのである。
便器に新しい水が注がれると、配管に溜まった汚水はその圧力を受け、下水へと押し流される。そして清潔な水と入れ替わるのである。
ここで大事なのは、汚水を押し流すのに、十分な水圧があるかという事である。現代の洋式トイレでは、渦巻き水流を作り出して、その水圧を確保している。
僕が作ったものは、弁を開くとタンクから水が流れ込む方式ではなく、手で注ぐ原始的な方式なので、適切な高さと量を確保して注げば、十分な水圧を得れる。
「始めに使い方を教える必要はあるやろうが、こりゃ売れるんじゃないか?」
性能を再度確認する為に水を注ぎつつ、格さんが感心して声を掛けてきた。
「それ、その使い方が問題なんです。」
「問題?」
「うん。本来は詰まってはいかんもんを詰まらせとる訳やから、これ迄より詰まり易い構造になっとるんです。」
「詰まり易い?」
「用を足した後の紙を大量に流したりすると、管が詰まるかもしれんのです。」
実はこの世界に生を受けてから、ゴムというものを見た事が無い。
……って事はですよ、トイレ詰まりに必須なアレ。トイレをカッポンするヤツが作れぬではありませんか。一大事だ。
因みに、カッポンの正式名称はラバーカップと言う。チャンバラごっこで使用されると、強力無比な精神攻撃がエンチャントされる伝説の武器となる。
水属性魔法を使えば大丈夫かもしれんが、力加減が調整できないと便器を破壊してしまうかもしれない。
「便所に注意書きが必要やな。」
「よっぽどの量を流さない限りは大丈夫なように作ったけど、実際に使われてみんと分からんトコロもあるんです。」
「壊れたら、また新しくしてもらえれば儲かるんだが、それが頻繁になると信用が無くなるからな。俺が工事した時に説明書を付けるとかしないといかんな。」
「じゃあ説明書きは学校で作らせてもらいましょう。子供が利用する場所ですし、誰でも理解できるようにしますよ。」
「それなら、手洗いを忘れない事も書いておいて下さい。」
話が早くて非常に助かる。なんか、皆で新しいモノを作っとるという実感がありやりがいを感じる。
最後の打ち合わせが終わり帰宅すると、日が沈む直前だった。夕食が遅れた為、ケン兄とハナ姉にいちゃもんを付けられてしまった。そんなん仕方ないやん。
待たされて腹が空いていたらしく、おかずを一品強奪された。暴君どもめが。
今回の契約の結果、おかずが減るかもしれんと思うと、少し考えさせられた。
禍福は糾える縄の如し。
良い悪いの差なんて、長期的な目で見ないと判断できない。




