84 儀式とプレゼンテーション6
水栓便器という商品そのものは好評だ。
問題は価格である。大量生産できれば値段を下げられるが、その為には設備投資が必要となる。そして設備投資に必要なのは、確かな売上見込みである。
景気動向を判断する指標の一つが設備投資だ。
論理的に考えれば当然の事だろう。商品が売れると判断するからこそ、生産能力を上げる為に設備投資をする。見込みが無いのに金を使う馬鹿はいない。
源太さんが水栓トイレが売れると判断し、増産にシフトする迄には時間がかかるだろう。そうなる為には、皆にこの商品を知ってもらう必要がある。
やはり宣伝か。
それを思えば、今回の3人には是非とも使ってもらわないかん。
「思ったのですが、僕の取分1割というのが適正なのか分かりません。半分の5分ではどうでしょうか。」
「それはこちらとしては有難い話だが……。」
「それと、この商品を売る為には皆に宣伝する必要があります。この場にいる3人が管理する施設は多くの人が利用する為、設置してもらえれば宣伝にもなります。それも考えて、出来るだけ安く出来ませんか? 今回に限り僕の取分である5分も放棄するつもりです。」
損して得取れってヤツですな。あえて損を出せるだけの余裕と判断力があるのかが問題だが、それは源太さん次第だ。
「うぅむ…、一度やってみるか。だけど便器の中身を見てみないと、実際に幾らで商品化できるのか分からないから、正確な値段を出すのは無理だぞ。」
「当然だと思います。そして魔術契約ですが、こんな内容はどうでしょうか。契約してもらえれば、より詳しい製造方法を説明できます。」
提案した契約は以下の通りである。
1. 薬師院ハル(以下甲) と 匠源太(以下乙) は水栓便器の専売契約を以下の条件により締結する。
2. 甲は乙に対して水栓便所の技術を譲渡し、その対価として乙は甲に水栓便所の売上5分の報酬を支払うものとする。
3. 甲と乙はやむを得ない場合を除き、技術を他に開示又は漏洩してはならない。
4. 契約期間は、甲の元服を持って終了する。
法律や契約書など、様々な公的書類が存在するが、書式の記載方法については、所謂テンプレートが存在する。
一般的には始めに目的条文が入る。何の為にこの契約を交わすのかを明確にするのだ。目的を明確にした後は内容を定め、期限があるのならそれを記載する。必要であれば開始時期や罰則規定を設ける事もある。
契約書に記載する言葉は慎重にならなくてはならない。例えば、やむを得ない場合とあるが、それはどの様な場合をいうのか。お互いの認識を確認する為、言葉の意味を定義する事も必要となる。
この内容を叩き台にして、最終案まで詰めの話し合いをする事にしたが……。
「それ、ちょっと待った。」
なんと助さんが口を出す。
「え、何か不味いトコロがあった?」
「いや、不味くは無いが、僕達にはそれの構造を教えてくれんのか?」
「うーん、そうなりますね。」
「ここまで聞いて秘密なのはキツイな。そうだ、購入者には教えるってのは出来んのかな? やむを得ない場合としてさ。」
「それを認めてしまったら、やむを得ない場合の敷居が無くなりますよ。」
「確かにそうだけど、何とかならんのか?」
ここは専門家である真魚さんの助けが必要だ。
「家族であり利害を同じくする者とすれば、何とか出来るかもしれませんね。」
「いやいや、そうすると学校側はどうなる?」
「此処でのけ者は心外じゃぞ。我がチェストを見せる時が来たやもしれぬ。」
無二斎師範が物騒な事を口にする。どういう意味なんですかね。喧々諤々の話し合いが成された結果、次の様に決まった。
・病院と道場で各一つ、学校で二つ購入する。
・上記3つに限り、技術料5分(5%)は免除する。
・免除する条件として、水栓便所の普及に努力する。
・普及活動がやり易いよう、水栓の構造を理解する事。
・知り得た情報を漏洩してはならない。
要するに営業を受け持ってもらうって訳だ。しかも無給で。バチが当たりそうな気がしてきだぞ。まあ、それ程強い縛りではなく、あくまで努力でありノルマも無い。出来るだけ宣伝しとってねと、軽いお願い程度だ。負担にはならないだろう。
彼ら関係者が水栓の情報を得れるように、契約書を次の様に訂正した。
やむを得ない場合を除き → 両者の合意がある場合を除き
この一文を入れたのは、万が一にも力ずくで情報を得ようとする者がいた場合、漏洩禁止の契約があるせいで口を割る事が出来ず、命を落とす羽目になってはいけないと考えたからだ。金よりも身の安全が第一だ。この改正により、僕と源太さんの同意があれば技術を教えられる。
そして最後に忘れてはならない事が、仲介者の真魚さん、お寺に払う手数料だ。これは学校が出してくれるとの事。今回の企画持ち込みが認められ、その採用結果として出費が可能だという。
そもそも厠の建て替えとなればそれなりの額だ。生徒の企画採用制度の予算では足が出る。そこで、建て替え費用と企画採用に掛かる経費とは別枠にしたとの事。
それだけ高く評価してくれたのだろう。有難い話だ。




