8 家族会議1 法と術
賽は投げられた。後は流れで突っ走るだけだ。
「今の生活が不満って訳じゃあなくて、ただ知りたいだけで…。」
これは本心だ。これまでは、現在の関係が変化するかもしれないと思い、怖くて聞けなかった。しかし今では、知りたいと思う気持ちが勝ってきたのだ。
「そんな事考えてたのね。」
「この子は幼いけど、年の割に、深く考えとるようなトコがあるからなぁ。時々、とんでもない行動力を発揮しよるしな。」
どんな話になるか不安もあるが、それを確かめずには、先に進めないような気がしていた。また、先の事を考えると、いつまでこの孤児院に居られるのかも確かめておきたい。今は将来について、希望よりも不安を多く感じる。孤児である事も、不安の一端だろう。
ひとり生まれてきて、死ぬ時もひとり。
などと自虐的になる時もある。考えすぎだとは思うが、頭で理解してはいても、感情の抑制が難しい。まだ子供だからしょうがないかと思う。知識だけは豊富だと思うが、冷静に物事を判断できるかというと、これがなかなか難しい。頭では理解しているのだが、感情がついてこない事がある。例えば、腕を骨折した時などがそれにあたる。声をあげて泣く事があろうとは、思いもよらなかった。
精神が肉体に引っ張られるという事はあると思う。他の生命体であった時には、今より、よほど修羅の道を歩んでいたはずだが、疑問を感じる事は何も無かったように思う。
子供だから勘弁してくれと、自分自身でそう言うのは間違いだと分かっている。だけど、時には弱音を吐きたくなるものだ。せめて、自分の頭の中で思うくらいは許して欲しい。外には出しませぬゆえ。
まあ、言い訳はこれ位にして、話を進めようか。
「どこまで理解出来るか分からんが、いずれは伝えんといけない事だ。皆はどう思うかな?」
「そうやな、ええんやないか。いま理解できへんのやったら、また大きゅうなった時に、伝えればええ事やし。」
「う~ん。とりあえずは、分かりそうな所から始めて、様子を見ながらで良いんじゃないの?」
いけそうな手応えを感じ、神妙な顔で成り行きを見守る。
「よし、少し長くなるが聞く覚悟はあるか?」
「はい。」
助さんが訥々と話を始める。
「事の起こりは、約3年前まで遡る。この国に、流行り病が広まり、甚大な… とても酷い事になった。」
「みんなが病気になって、とっても大変だったってことね~。」
春絵さんが簡単な言葉で、分かり易く言い直す。心遣いが有難い。
「俺らは同じ集落で暮らしとったんや。」
「ご近所さんね。」
「その時、僕は今と同じ、医師だったが、今とは比べられないほど力が無かった。自分の力の無さを嘆いたもんだよ。」
ペストが頭に浮かぶが、インフルエンザかもしれない。何かの伝染病だったのだろうか。
「当時も気功医とよばれるものを学んでいたが、医法だけで、医術は身に着けていなかったんだ。」
「医法? 医術? 何が違うか、よく分からんのだけれども。」
なにか、不思議な言葉が出てきた。
「そこらへんを説明せんとあかんが、理解できるのかねぇ。」
「…頑張ります。」
とりあえず聞いてみないと、何とも言えない。
「この世には、目に見えない力に満ちているんだ。」
「いつか、ボクの腕が折れたのを治してくれた力?」
「そうだ。この力を扱うには、いろいろな方法がある。気功、神仙、魔など、様々な呼び名があるが、結局はこの力をどう使うかという技術だ。」
ここにきて、異世界らしい言葉が登場だ。いいね、こういうの。
「法と術の違いだが、法とは一定の法則… 決まり事だな。決まり事に則ってこの力を操る技の事をいうんだ。」
「誰でもできるの?」
「人によって、上手いか下手か差があるが、皆出来るね。決まった事をするだけだから。」
そこで、奥の襖に視線を流す。隠れているつもりだろうが、バレバレである。静かな夜で虫の声もしない。床板の音が良く響く。
「ケン兄やハナ姉も?」
「学校で勉強しとるはずやな。最近の成績はどうやった?」
自信がなさそうな小さな声が返ってきた。
「ぼ… ぼちぼち。」
「関係ない話でもないし、ケンとハナも呼んでいいか?」
「いいよ。隠し事はしたくないかな。」
「じゃあ、そんなトコに隠れとらんと、こっち来なさい。」
提案を受け入れると返答すると、助さんが襖の奥に声を掛けると、二人が入ってきて、隅っこに、ちょこんと並んですわる。
自分だけ話を聞いて、後で関係がややこしくなるのは勘弁したい。考えすぎかもしれないが人間関係は大事だ。特に、生活の全てとなるこの孤児院で、関係が壊れたら逃げ場所が無い。地獄だろう。
「法とは自力で扱う力で、術とは他力、他者の力を借りて使用する力だ。」
「他者とは?」
「他者とは、神仏、精霊などの、この世で肉体、体を持たぬ者たちのことだ。人間の世界ではなく天上界等の、別次元の住人だとされる」
この世界より上位の存在が、概念ではなく実際に存在するというのか。興味深いが、怖いような気もする。
それに、このようなものは初めて経験する。つまり、前世での記憶、経験がどこまで通じるか分からないということだ。