77 魔術契約の準備
夏休みが終わり明日は始業式だ。
自分に課した宿題だが、何とか間に合わせる事が出来て安心している。
また、陶器の焼成をしている時に興味深いものを目にした。それは精霊である。
火の番をしていると、火中に蠢く怪しい影が見えた。始めは火のゆらめきなのかと思ったが、よく目を凝らしてみると蜥蜴のようなものが忙しなく動いている。
(何なん、これ……)
そのお陰で、退屈せずに火の番をする事が出来たので有難かったが、不思議な事もあるもんだなと強く記憶に残った。
その正体は格さんが教えてくれた。
「へえ~、珍しいもんに会えたなあ。」
「いったい何やったの?」
「そりゃ火鼠や。」
僕は蜥蜴みたいだと感じたが、火鼠と呼ばれる精霊らしい。昔、格さんが狩りで野営した際に、焚火に現れた事があったという。魔石や魔力を用いた火に現れ易いと言われている。
もしかすると、これが西洋で言うサラマンダーなのかもしれない。火鼠といえば皮衣が有名だが、それを作ろうとすると、あの大きさでは何匹も捕まえないと駄目だろうと思えた。捕まえ方が分からんし、可哀想なので作る気はしない。
さて、明日は式だけで授業は無いが、今後について先生と打ち合わせをしたい。
ひとつは学校が支援してくれる魔術契約について。契約内容は真魚さんに相談して決めてある。
ふたつ、休み中に完成させた商品のプレゼンテーションだ。これが上手くいけばアイデアのライセンス契約を結びたい。お披露目に呼ぶのはユキちゃんの親父さんと、この新商品を購入して欲しいお客さんの数名を予定している。客として見込んでいるのは以下の人達である。
・佐助さん、春絵さん
・石神先生
・無二斎師範
彼等をピックアップしたのは、身近な大人である事はもちろんだが、人が集まる場所を管理している為であり、便所を多くの人が利用するだろうと考えたからだ。宣伝として最適だという目論見を抱いている。
佐助さんの病院は不特定多数が訪れる場所であり、当然にして便所も使う。更に春絵さんは衛生管理の専門家だ。プロの視点で、的確な意見を述べてくれるに違いない。
次に石神先生。学校も子供たちが使えば親たちに伝わる可能性がある。もし授業参観なんてのがあれば、なおよろし。
最後に無二斎師範で学校と同じ理屈である。それに無二斎師範は島一族の系譜である。島一族は北関市で要職についている者が多い。役所の人達に噂が広まれば、公共事業に採用されるかもしれない。益々よろし。
まあ、これらを実際に行うのはユキちゃんの親父さんになるのだが、僕としても出来るだけのサポートはしたい。これがその手始めだ。例えどんなに良い商品でも皆が知らなければ何もならない。この世界に広告代理店は未だ存在しないだろう。無ければ自らが宣伝し売り込む必要がある。その為、不特定多数の目に触れる施設に設置できればと考えたのだ。
また興味を持った人が連絡を取れるよう、設置業者の刻印などを考えても良い。
「失礼しまーす。」
「どうした?」
職員室を覗くと石神先生がお茶をすすっていた。
「あのー、例の魔術契約なんですが。」
「お、内容が決まったか?」
「はい、それとついでなんですが、役員をしている者は、優秀な企画を出せば援助してもらえると聞いたのですが、そっちも審査してもらいたいです。」
「ほほう。今年は優秀な生徒が多いな。他にも企画を出している者がいるだ。」
「あ、そうなんですね。」
「内容にもよるが、二つとも採用するのは難しい。どちらか一つになるら。」
これは予想外だ。内容で負ける気はしないが、他の要因が絡んでくると難しくなるかもしれん。例えばコネとかね。そんなんに負けたくないなあ。
「魔術契約の儀式の時、同時に審査して欲しいんです。返事は後になっても構いませんが、それなりにお金がかかる事になるので、財布を握っている人が立ち会ってもらえれば有難いです。」
「いったいどんな内容かな? 魔術契約と関連したものなのか?」
「衛生的で臭くない便所です。」
「便所?」
完全に意表を突かれたようで、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべた。ま、無理もないが、こちらは大真面目だ。
「これは魔力を必要としません。誰でも使え快適です。便所でご飯を食べる事すら出来るでしょう。」
「便所メシか……。」
その言葉で先生が渋い顔をする。あれ、何か不味い事を言ったか?
「君は知らんだろうが、虐められて便所でメシを食ってる者がいると聞いたんだ。それは上級生であって君たちではにゃーがな。」
「胸糞悪いですね。僕も調子に乗って要らんコトを言いました。」
「ああ、それは良いら。しかし、君らの中で虐めなんて聞く事はあるのか?」
少し迷ったが、ユキちゃんの事について話しておいた。半ば強制的に清掃委員をやらされたかもしれんと伝える。陰で先生に言い付けると聞くと、何て嫌な奴だと思えるが、自分ではどうしたら良いか分からんし、ほかっておくのも良心が痛む。とりあえずは先生に丸投げだ。
「それは気にはなっていたんだよ。この組は親が金持ち等の子弟が多いで、一般の選抜者は馴染むのが難しいところがある。それだけに優秀な者が選ばれてはいるんだが、優秀な者が虐められんとは限らんでな。」
その通りだと思う。虐めの対象になるかどうかは、性格によるところが大きい。何でコイツがイジられんねんと思う時があれば、逆に、勉強もスポーツも中途半端なヤツが、何故かやたらとデカい顔をしているケースもある。
組織運営で求められるもの、それはコミュニケーション能力。個が集まり集団になると、これが如何に大事なモノなのか思い知らされる。
コミュニケーションとは他人との意思疎通だ。言葉や文字という、他の動物より高度なツールを持った人間ですら虐めや争いが起きる。
そもそもだ、人間がそこまで立派なものなのだろうか。所詮は頭の良い動物に過ぎない。全てをコントロール出来ると考えるのは愚かな事だろう。
大人ですらパワハラ等の虐めは存在し、自殺を選択してしまうのは珍しくない。ましてや子供だ。虐めは必ず起きると考えて備える必要がある。
大事な事は、虐めの兆候を察知し的確に対応する事。乱暴な例えになるが、自然災害における減災の考え方と同じだ。
自然災害は必ず起きるものだが、起きた時に備え避難訓練や必要な備蓄などを準備しておけば、被害を減らす事が出来る。
虐めにおいても、出来るだけ傷が浅いうちに解決できるように、相談窓口などの対策が求められる。




