73 天王山の戦い1
思ったより労力を要したが、昼前には天王山の頂上に立つことが出来た。関ヶ原が一望でき、北関市とその背後に広がる海が良く見える。
「すごい良い眺めやなー。これだけでも来て良かったわ。」
「じゃあ弁当にしようや。」
「おう、水を渡しとくわ。」
「すまんな。」
思い思いに腰を下ろして握り飯を頬張りつつ、授業で習った事に思いを馳せる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
異常ともいえる記録的な猛暑日が続いていた。
「今年は全く雨が降らんなあ。わし等は海水を真水にする魔法で生活は何とかなるが、農家は大変じゃろ。」
「井戸も涸れ始めたというぞ。食料の値が上がるな。困ったもんじゃわ。」
「おい、何か死にそうなヤツが来たぞ。」
陽炎で揺らぐ景色の中、一人の男が息も絶え絶えに近づいてくる。
「おぬし大丈夫か、どうしたんじゃ。」
「い… 一大事じゃ。将軍様のお屋敷は何処か教えてくれ。」
「連れてってやるわい。じゃが、その前に一息つけ。酷い顔色じゃぞ。」
「そんな事はどうでもええ。それより将軍さまに伝えにゃいかんのだ。」
その男の持ち込んだ一報は驚愕すべきものであった。北関市の北にある漁村が、異民族である海の民により襲撃を受け、皆殺しに近い状態であるらしい。伝令の者は生き残りであり、次の狙いは北関市だという。
「良く知らせてくれた。礼を言う、今はゆっくり休むが良い。」
伝令を労うと、主な重臣たちを集めて緊急会議が開かれる。
「閣下、如何致しますか。」
「先ずは援軍要請の使者を都へ出せ。海路にて島一族にも要請しておいた方が良いだろうな。」
「伝えられた情報では、敵は二手に分かれたとの事。ひとつは北関市へと向かっており、残りは漁村に留まっておるらしいですぞ。」
「あの漁村には何も無い。おそらくは先遣隊が牽制する間に本隊を整え、間もなく此方へと向かって来るはずだ。」
「整えるとは略奪という事ですな。畜生どもが。」
激しい怒りで肩を震わせながら言葉を絞り出す。
「本隊の到着までに援軍が現れなかったら北関市は終わりだ。先遣隊には我らだけで当たらねばならん。貴様らの命を預かるぞ。」
「ご存分にお使い下され。」
一同が首を垂れる。
「作戦は籠城でござるか、それとも野戦でござるか、ご判断は如何に。」
「籠城と行きたいが、近年の北関市は人口が増えて城壁の設置が遅れておる。守り切るのは至難の業じゃ。此処は打って出る、野戦じゃ。」
「となれば関ヶ原が合戦場となりますな。」
「うむ、天王山が重要となるであろう。」
伝令が到着してから数日後、平原の先に小さな影が現れた。騎馬隊は存在せず、歩兵と弓兵で編制されているようである。
「数は我ら守備隊とほぼ同数。進軍の様子を見ると、やはり天王山へ行軍している模様でござる。要塞化した後、後続の本隊を待つものと思われます。」
「ふん、単純なものよな。」
「単純とはいえ効果的ではあります。民が動揺し混乱するやもしれませんぞ。」
「確かに天王山を砦とすれば、簡単には撃退できぬ。だが、あの山には水源が無いのじゃ。それに上陸した村からこの北関市まで、水を補給できる川等も存在せぬ。あの人数であればあっと言う間に干上がるぞ。密偵からの報告では、奴等の物資は少ないとある。」
「略奪による現地調達で賄う蛮族ですからな。輜重を少なくした機動力が特徴でもあります。町を統治するつもりなど無い為、民衆の事など考えず奪えるだけ奪う、畜生にも劣る奴等でござる。」
「ここは望み通り天王山を取らせてやろう。我らは水源を押さえる為、天王山の麓近くを流れる川を確保する。平地であれば騎馬も使える。いざ出陣じゃ。」
小競り合いも無く、異民族の一団は天王山に陣を構えた。
「頭ァ、何だかあっさり行きましたね。」
「聞くところでは、今の大将軍ってのは頭でっかちの名前負けだそうだ。」
「簡単に入山できるとは拍子抜けっスね。」
「この山には湧き水すら見つけられんからな。それを狙っての事だろうが、古臭い戦法だな。頭にカビでも生えとるんじゃないか?」
「わしら以外には有効かもしれませんがね。」
「俺らは本隊が到着するまでの繋ぎ役に徹する。水・食料もそれまで持てば良い。最近の北関市は発展著しく潤っておると聞く。略奪し甲斐があるぜ。」
「一財産築けますな。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
中国の将軍馬謖の話で、山頂に陣を敷いてしまったせいで水を絶たれ、敗北した逸話がある。上司である諸葛亮の命に背いた結果に起こった事であり、命令違反の責任により処刑される事になった。
馬謖は有望な人物であり、命まで奪うのは惜しいとの声があったが、全体の規律を保つためにも処刑せざるを得ないと判断され、刑場の露と消える定めとなる。
諸葛亮は内政の人であったと思う。自ら軍を率いて戦地に赴く軍略面ではなく、国としての方針、行動目標を定める戦略面でこそ、力を発揮する人ではないのか、というのが僕の考えである。
内政で重要視されるのは法だ。三国時代には仁を尊ぶ儒家思想ではなく、乱世を治める為、現実主義の法家が台頭する事になった。
「泣いて馬謖を斬る。」という言葉があるが、全体の為に有能な人物や身近な人を処分する時に用いられる。情より法を重んじる、まさに法家精神そのものだ。




