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輪廻の果てへ  作者: 葉和戸 加太
二章 魔術契約
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65 一歩前へ

 放課後に学校の道場を借りて剣の修行をするようになった。ちなみに、魔法を剣道と組み合わせる技は非常に危険な為、一定の技量を有する者にしか使う事は許されていない。


 掃除を終えたユキちゃんが見ているので、女の子の前でカッコ良いところを見せたいという邪念もあるが、今はワカとゴンの引き立て役に甘んじている。


 竹刀といえど打ち込まれるとれなりに痛い。段々と防御は上手くなってきたと思うが、いざ一太刀入れようと間合いを詰めれば、動く隙を打ち込まれて近づけない。


 如何いかに自分の間合いで剣を振れるかが勝負の分かれ目だ。相手が剣を振る前にふところへ飛び込む必要がある。


 こちらは接近して鍔迫つばぜり合いまで持っていきたいが、近づく為には相手の間合いを突破しなければならない。近づこうとする度にねかえされる毎日だ。


 あと少しな気もするが、その少しがとても大きな壁に感じられる。様子を見ていたワカが助言をくれる。


「チェストが足らんな。」

「チェストねえ。」

「チェストってんな知恵捨てっちゅう事から始まったち。慎重になっとも大事だが、ここぞん時は無心となっとも必要や。これぞ捨てがまりん心やど。」


 捨てがまりの心ね。剣豪の柳生宗厳が詠んだとされる、有名な和歌を思い起こさせてくれる。



 切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ 踏みこみ見れば後は極楽


 若しくは


 斬り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ



 他にも細部が違った形で伝えられているものもあるが、言いたい事の本質は共通している。捨てがまりの心と通じるものがあるような気がしてならない。


 才ある人さえ捨てるべきは捨てなあかんと言うのなら、僕に至っては、逆に何が残せると言うのだろうか。今更カッコつけてる余裕は無い。我武者羅がむしゃらにならんと己の殻は破れんだろう。魔力に目覚めた時と同じだ。精神論のみでは駄目だが、何かを成そうとすると、確固たる意志は非常に重要なものとなる。


 覚悟を決めて一歩前に出る勇気。それが求められているのは分かる。こちらの剣が届く時は、相手の剣もこちらに届く間合い。リスクを取らずして成果は望めん。ましてや懐へ飛び込もうというのだ。余計なものを抱えていては動きが鈍る。


 余計な何かを捨てる為、気合の雄叫びをあげる。


「キエエェェェ!」


 正直、大声で威嚇するのを恥ずかしく思う気持ちもある。スマートにいきたいと思うし、そんなに必死にやっても下手だったらカッコが付かんとも感じてしまう。


 だが、そんなのは僕の心にある見栄でしかない。雑念を吹き飛ばす為、猿叫とでも言うべき叫びを体の底から絞り出した。


「うん、それこそチェストじゃ!」


 ワカの声が耳に届いた。


「ホ――――ウッ ホゥッ ホゥッ!」


 調子にのって更に声出しをしていたら、何だか楽しくなってきた。真正面で剣を構えているゴンから戸惑っているような気配を受ける。ワカは純粋に面白がっているようだが、ユキちゃんは笑いをこらえているようだ。


 ええやろ。もう何も怖くないもんね。笑いたきゃ笑うがいいぜ。更に威嚇する。うむ、完全に何かが吹っ切れた実感がある。


「カ――――ッ!」


 カーァ カーァ カーァ……


 呼応するようにカラスの声が辺りに響き渡った。


「クッ…。」

「は… 始めっ!」


 ユキちゃんが堪え切れず小さく噴き出すと同時に、ワカの合図が告げられた。


 何だか締まらない開始となったが、それだけに隙が生れやすい。僕としては願ったりの展開である。


 これまでの立ち合いでは、懐へ飛び込む隙をうかがっている内に、遠間から打ち込まれ敗北していた。散々やられた末に理解した。相手の行動を読もうとする事があかんかったんやと。そもそも相手がどう動こうが僕の出来る事は一つしかない。こちらが迷えば敵に余裕を与えるだけだ。ただひたすら前へ。気合を込めて前進あるのみ。


 合図を確認するのを待ち切れなかったように突進し、正眼に構えたゴンの竹刀を横に払うと、無心で上半身から体ごとぶつかってゆく。


 相手の初動を制し、一気に間合いを詰める。


 始めてゴンの懐へ入る事が出来た。驚きと達成感を感じたが、これから先の動きがどこまで通用するのかが問題だ。あらかじめ決めていた動作へと繋げる。


 つばを合わせると剣の振りを封じる為に上から押さえつけた。ゴンはそれに抗うよう力を込めて押し返す。強い力を出すには下半身が重要で、歩幅を開き体勢を安定させている。


(来たっ!)


 狙いはこの一瞬にあった。敵が剣を持っていれば、最も警戒すべきは剣の動きである。敵が持つ戦力では、攻撃力とリーチが最大の武器だ。しかし剣に意識が集中すれば、他への警戒が薄くなる。


 ゴンの大きく開いた足の間に僕の足を滑り込ませる。竹刀を握っている為に襟を掴む事は出来ないが、鍔迫つばぜり合いにて上半身は固めてある。変形の大内刈りだ。


 倒れる迄には至らないが、ゴンは大きく体勢を崩す事となった。その隙に間髪入れず、腕を小さく折りたたみ回転良く面を打つ。


「アタァ!」


 パアァン!


 小気味よい音が響く。


「一本! 勝負あり!」

「オワッタァー!」


 これが練習であり、更に運が味方してくれたとはいえ、始めて経験者から一本を取る事が出来た。このスタイルを基礎として、自分の体捌たいさばき、剣捌けんさばきの幅を広げていこうと思う。結果が出た事で、自信を持って今後の練習に精進できる。


 そしてこの日以後、僕たちのなかで猿叫合戦がブームになった。

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