表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輪廻の果てへ  作者: 葉和戸 加太
序章 自己の確立
6/303

6 心的外傷後ストレス障害(PTSD)

 しばしこちらの様子を伺っていた気配だが、何もせずに立ち去ったようだ。緊張が全身を駆け巡る。


 このまま戻ってこないのか、偵察の後に襲ってくるのか?


 狼だと思ったのは、ただの直感であり根拠は無い。害のない小動物なのかもしれないが、万が一、襲われたらひとたまりもない。今やるべき事で出来る事は何だ。


 この場から立ち去ろうか。しかし、方角も分からぬまま進めば、さらに山中に迷い込む事になるのは間違いない。そうなれば日が昇っても帰れる自信が無い。目前の危機に対応するか、明日へ備えを維持するか、正解はどちらだ?


 木に登るのはどうだろう。木に登れる動物だったら詰んでしまう。しかしながら逃げるにしても、灯りの無い山道では、とても逃げ切るイメージがいてこない。


 よし… 決めた。


 覚悟を決めて木に登る事にした。鎌を腰に差し上へと登る。太い枝ぶりの場所を見つけると、安定する体勢が取れるよう調整する。


 例え獣が木に登れるにせよ、登ってくる間は動きが制限される。こちらの攻撃が当たりやすくなるはずだ。なんとかしのいでみせる。


 こちらの武器は草刈鎌と投石だ。練習として、木に登る前に拾った石を、風呂敷から取り出し、2,3個ほど力一杯に下へ投げ下ろしてみた。心許ないが威嚇程度にはなるだろう。追い払うだけでよく、仕留める必要は無い。


 もしかしたら選択を誤ったかもしれないが、ここまできたら腹をくくるしか無い。未熟ながら精一杯に考えた結果だ。


 選択を誤るといえば、すでに幾つかの間違いを犯している。


 誰にも行き先を告げず、遠出した事。


 自分の足を考えず、山に入った事。


 帰りの時間を忘れていた事。


 知識だけで利口ぶりこの様だ。僕は肉体だけでなく精神も未熟だと思い知った。そこは後で反省しよう。今は出来る事をするだけだ。もしも、ここで死んだのなら、この記憶が来世で蘇えるのだろうか。トラウマとして。


 トラウマ……! トラウマだって?


 ここで、とある考えが頭に浮かんだ。生命を脅かされるような精神的衝撃が原因により、発生する症状がある。それは心的外傷後ストレス障害(PTSD)と呼ばれるものだ。


 PTSDの特徴に反復的追体験フラッシュバックがある。通常では、生命の危機にひんするような出来事がトラウマとなりやすい。


 耐えきれない程の経験をすると、人はそれを忘れることにより自身を守る。忘れることは自分を守る正常な反応なのだ。逆に忘れる事が出来ない時、フラッシュバックにより苦しむ事となる。


 僕に起こった、前世の記憶を追体験する現象は、フラッシュバックなのではないかと思えた。だが、PTSDと決定的に違う点がある。


 通常、フラッシュバックされる記憶は、衝撃を受けた瞬間そのものとなるはずである。だが僕の場合、蘇える記憶は、日常の記憶である事が多い。


 それとも、僕の前世は全てがトラウマだとでも……? 


 勿論もちろん、良い記憶のみでは無いが、最近では逆に、非日常の体験を楽しみにさえしていた。楽しくなってくると、フラッシュバックがほとんど無くなってきたのが、残念に感じるほどであった。つまり、前世の記憶はトラウマでは無いと感じる。


 では、前世の記憶がある原因は何なのだろう。答えは出ないが、考える事で時間潰しにはなる。どうせ今夜は眠れまい。


 少なくとも、前世の記憶を持っている事は普通では無いだろう。何らかの異常な出来事が起こった結果だと思う。


 おそらくは、一つの生命が終わり、次の転生までの間に、起きた出来事だろうと推測する。死の間際や、生命の誕生の瞬間については、覚えているものもあるが、死後から生まれる前の記憶、この世ならざる世界の記憶は一切ないからだ。


 前世の記憶を振り返ってみると、衝撃的な体験は勿論もちろんある。しかし、それは想像が出来る範囲内であるように思う。


 何かが起こったとするなら、輪廻の狭間、この時に起こったものであるように思えた。魂に障害を与える程の衝撃。


 霊的外傷後ストレス障害(Post Traumatic Spiritual Stress Disorder)PTSSDとでも呼ぶべき状態が発症したと仮説を立てる。


 前世の記憶持ちが病気の一種なら、治療が必要だ。これは病気なのか?


 記憶の混乱があった初期の頃なら、病気といえなくもないが、今はそれを脱していると思う。混乱が再発する事はあるのだろうか。


 出来る事ならば、転生の狭間で何を経験したか知りたいと思うが、その記憶に耐え切れなかった為、その出来事を忘れることにより、自分自身を守っている可能性がある。


 記憶に留めたいと願うのは正解なのか。精神、魂が正常を保つことができるのだろうか。ただ、何をもって正常といえるのか分からん。


 山中で一夜を過ごす事になり、緊張で精神がたかぶっているのを感じる。これまでの考察についても、軽いパニック状態の影響で、思考に飛躍がある事は認めざるを得ない。


 しかし、だからこそ、普段は出来ない発想が生れたのではないか?


 暗闇の中、少しだけ前へ進んだような気がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ