51 異世界相撲 のこった
始めての異世界相撲は僕の勝利だった。相手が知らない柔道の技を取り入れた事が大きいと思われるが、結果として、手の内を晒す事になった。
晒した情報とは技そのものではなく、その前提となる崩しの技術だ。初戦では横の揺さぶりから始まり、最後は後ろへ倒す大内刈りという縦への技へと変化した。どこまで分析されたのだろうか。
真の柔道経験者ならば、多少の対策を取られたところで問題ないだろうが、僕は体育授業で習っただけの、所詮なんちゃって柔道である。
ワカを見ると、ゴンを相手に先程の分析をしているようだ。もはや、大内刈りは通用しないとみていいだろう。どうやら組み方も、柔道方式に変えてくる様子だ。アドバンテージがひとつ無くなってしまった。さあ、どうなることやら。
「そろそろ始めようか?」
「よか。さっきん技は通用せんて思うてくれ。」
時間を与えると分析されると思い、試合の開始を申し出たが、既に対策は考えたようだ。強気やないの。
「両者中央へ。」
合図があり、それぞれの位置に付く。
「見合って見合って~。」
立ち合いで変化するつもりだろうか。
「はっけよーい。」
変化する可能性は低いと思うが、どう来られても受けられるように心構えをしておこう。ゴンの時と同じく、立ち合いの攻めは捨て、全てを受ける事に集中する。
「のこった!」
先ほどとは打って変わって静かな立ち上がりとなった。お互いに襟と袖を取り、腰を少し引いた体勢となる。大内刈りを警戒しているのか、腰を引いている為に足位置が遠い。これでは技のかかりが浅くなり、倒す事は出来ないだろう。
ワカはそのまま力任せに押し込んでくる。場外に押し出しを狙っているのか?
尋常じゃない力が加わり、僕は裸足で地面の砂を掴んでいるのだが、その掴んだ砂ごとじりじりと後方へ押しやられる。うおぅ。なんや、この異常な力は。
想像していない力の大きさに面喰い、少し混乱してしまったが、落ち着いて考えると、どうやら短期決戦での力業を狙って、始めから全力で来ていると思われた。
いきなりチェスト状態を発動しとるな。
だが逆に考えれば、今が最大出力であり、これ以上は無いという事を意味する。これを凌げば僕が有利だ。
土属性魔法を発動し足場を固める。短距離走の時に、スタート台を作った応用であり、これで足の踏ん張りが効く。止められるはずだ。
すると目論見通り、地面の砂ごと後ろへ押し下がるのは止まったが、押しの勢いは衰えない。僕の下半身はなんとか耐えているが、上半身が若干押し負けていて、のけぞるような姿勢を取らされる事になった。
あかん、力では勝てん。
今の状態を打開する為に、相撲の引き落としを使おうと決めた。引き落としとは相手の前に出ようとする力を上から叩き、下へ落として転倒させる技だ。
力と力のぶつかり合いこそ至上と考える者のなかには、引き落としを卑怯だとする考えもあるらしいが、そんな事を言ってる状況じゃない。それに、純粋な力比べならワカが上だと認めざるを得ない。
チェストってなんじゃい。反則にしてもらいたいくらいだぜ。
引き落としを中途半端に掛けると、力の流れを変える事が出来ず、そのまま押し切られる危険性がある。イチかバチかだが、この流れを変えない限り逆転は無い。
大きく息を吸い込み覚悟を決め、一歩下がると同時に、ワカの体を下に押さえつけた。しかし、その呼吸を読んで警戒していたのか、少し動きが止まっただけで、その体勢を崩す事は出来なかった。
だが、それで十分だ。
始めから成功するとは思っていない。あくまで、引き落としは布石に過ぎない。この技で欲しかったのは、動きが止まったその一瞬にある。
ワカが引き落としに耐える一瞬で、瞬時に間合いを詰める。
大内刈りだっ!
崩しは出来ていないが、ここは力業だ。無理が通れば道理は引っ込むのである。ワカの左足を刈りにいこうとしたが、彼はそれを予測しており、膝を内股に閉じてこれを防ぐ。
「甘いっ!」
「どっちがっ!」
実は大内刈りもフェイントである。真の狙いは逆の右足だ。振り上げた右足を地に下ろし、勢いをそのままに、今度は右足を外から刈りにいく。
左足と見せかけて右足狙い。内が駄目なら外から攻める。
得意技その弐。これぞ大外刈りである。
大外刈りは相手を真後ろに投げる技で、踵に重心が掛かる状態にしておき、その足を刈って倒すのがポイントだ。腕力だけでなく、自分の体重を上手く乗せて圧を掛けていくのが重要だろう。
デブが有利になる理由がここにも存在する。動けるデブってのは格闘技では無類の強さを発揮するのだ。柔よく剛を制すとされる柔道にでも、体重によるクラスが存在する事から良く分かるというものだ。
まあ、今はそんな事を考えている場合ではない。チャンスがある時はきっちりと攻め切るのが大事だ。次のチャンスがあるとは限らないのだから。技を掛けた感触からは、いけると直感した。
しかし、その直感がすぐに違和感へと変わる。
技は良い角度で極まり、後は力で押し込むだけなのだが、ワカは地に根を張った巨木のように姿勢を維持し続け、倒すことが出来ない。くそ、体を残しやがった。
なんて足腰と背筋の強さだ…。これもチェスト状態の効果か?
しかし身体強化魔法も何時かは切れる。技は極まってるはずで、切れたら一気に押し込んでやる。こうなったら根競べだ。
純粋な力ならワカが上だが、今の体勢は僕の方が有利である。ゆっくりではあるが、二人の体がジリジリと後方に倒れてゆく。よし、こりゃもらったぜ。
勝利の兆しが僕にやる気を与えてくれる。あせったらあかん。間違えないように慎重に行動するのだ。その時、ワカの気合の唸り声が耳に届く。
「ぬぅぅぉおおおお……。」
なんと、のけぞった姿勢から盛り返してきやがる。こんなんあって良いのか。
いや、まだ出来る事はあるっ!
刈りにいっていた足を戻すと、今度は組み手を前に引く。後ろが駄目なら攻め手を変えるのみだ。
引き倒し(前下)→ 大内刈り(左後)→大外刈り(右後)
このような流れだったが、再び前方への投げを試みる。素早く体を反転させ自分の腰でワカの体重を受け止める。これでテコの原理を用いて、相手を投げる動作に入る準備を整えた。最後は前方上への投げだ。
テコの原理のポイントは、支点・力点・作用点である。
支点となるのは、ワカの体重を支える僕の腰、力点は僕の腕力で、作用点であるワカの足を地面から引っこ抜くのだ。得意技その参、体落としである。
相手を背中に背負い、まっすぐ上に投げる技を背負い投げと言い、斜めに投げる技は体落としと呼ばれる。気を付けるべきは、自分の身体を反転させて相手に背を向ける時だろう。素早くコンパクトに回転しないと、後ろから潰される事になる。
この体落としで、僕の持っている引き出しは全て出した事になる。授業で受ける柔道は練習時間が限られていた為、自分が使いやすい技を選んで練習して、今回の相撲で使った3つを得意技としていた。
その得意技を、子供相手に全て出さざるを得なかったのは、自分の未熟が原因なのか、それとも相手を褒めるべきだろうか。もう引き出しの中身は空っぽだ。
ワカの足が地面を離れる感覚が伝わってきた。いくら馬鹿力でも、踏ん張る地面が無ければ意味が無い。彼は背中から砂場へと、その身を投げることとなった。
そして僕が最後まで土俵に残った者。
Last Man Standing となれたのである。




