50 異世界相撲 はっけよい
初戦の様子を見た限りでは、力と力のぶつかり合いという印象だ。この異世界での相撲はその様なスタイルが主流なのか、競技者たちの気質故かは分からない。
力じゃなく技を使ったら、卑怯者あつかいされんだろうな? そこんトコが心配といえば心配だが、足をかけての投げ技を使っていた事もあるので、大丈夫なのではないだろうか。
さあ、いよいよ試合だ。丹田のチャクラを回転させ、全身に気を張り巡らせる。気でも魔力でも同じものだが、体内で活性化させるものとしては、気という表現がしっくりくる。
相手となるのは、先ほど一試合を戦ったゴンであるが、体力の消耗は期待する程ではないだろう。それに、こいつらはチェストという尋常じゃない気合の入れ方をする。任意で火事場の馬鹿力を発動できるようなもんだろう。あなどれん。
草鞋をぬいで砂場へ足を踏み入れる。うん。これなら、余程の勢いで叩き付けられなければ大丈夫だろう。怪我をするのもさせるのも嫌だからね。
「両者中央に。」
「連敗はできんからね。勝たせてもらうど。」
「こっちも負けるつもりは無いし、いろいろやらせてもらうわ。」
先ほどのスタイルからは違ったものになると臭わせる。彼等の考える正攻法ではいかんよと、僅かなヒントを与えたのは、後で卑怯者呼ばわりされる事を防ぐ理由と、既に体力を消耗させたゴンとの差を配慮した為だ。こんな言葉でどこまで伝わるか分からんし、自己満足に過ぎないのは十分に承知しているが、気持ちの問題である。負い目の無さが勝利を生むのだと信じたい。
中央の二本線を前にしてゴンと向き合うと、彼も気を張っているのが伝わってきた。技で勝負するとはいえ、こちらにも相手に抗う程度の力がなければ、良い体勢が取れず、すぐ土俵ならぬ砂場外にもっていかれそうだ。
「体力は十分回復したぞ。」
「そんなコト言ったら、後で言い訳できんよ。」
「そりゃ卑怯もんのやっことじゃ。」
卑怯もんか。今後の友達付き合いでの参考にさせてもらうとしよう。
「見合って見合ってー。」
体勢を落として身構える。気質からすれば、変化せずに突っ込んでくるだろう。変化するのが卑怯かはともかく、それ以外は無さそうだ。信じたからな?
「はっけよーいっ」
はっけよいという意味は諸説あり、一つは八卦良いとする説。八卦とは古代中国の易学に由来するもので、その占いに使われる基本図形が8つの卦と呼ばれるものだ。その8つが全て良い、準備は整ったという意味である。この世界にも占いがあるのだろうか。
それとは変わって相撲協会としては、発気揚揚という意味だとしている。気分を高めて全力で勝負すると解説されていて、真実はどうか分からないが、心境としては相撲協会説を採用したい。まさに今、体に気力が満ち溢れ、後は解き放つのを待つばかりだ。
「のこったっ!」
ドンッ という衝撃が体に走る。ぶつかりの勢いならゴンの方が強いだろうが、僕は受け止める事だけを考えて備えていた為、その勢いを殺す事が出来た。
変化されて横から攻められていたら、あっけなく土俵を割った事だろう。
ゴンさんよ、あんたは信頼に足るオトコじゃて。かっかっかっ。
突っ込みを受け止めた後、有利な体制になろうと腕を動かす。右手は襟を、左手は袖を掴む事ができた。
「変則的な組み手だな。」
ワカがそう呟くのが耳に入る。もしかすると、通常では異世界相撲も上半身を裸で行うのかもしれない。着衣ありの組技で、衣服を利用した攻撃の有無は無視できない程の差となる。本来であれば、この組み手こそが王道であり、先ほどのものが邪道なはずだ。後で何を言われるか分からんが、このまま押し通るぜ。
卑怯とは言うまいね?
先ほどまで、負い目の無さ云々と言っていた口がそれを言うか、等と感じるかもしれんが、コレでええのよ。僕の中では卑怯では無い。全てはルールの範囲内だ。もし文句があれば後で聞いたるよ。今は目の前に集中だ!
十分な組み手になり、相手を崩す為にゴンの身体を左右に振る。始めは横の揺さぶりをかけてみた。
「うおっ!」
想定していたものと違う動きに戸惑っているようだ。異種格闘技戦の怖いところは、相手が普段の動きと違う為に、対応に苦慮する点が挙げられるだろう。相手の情報が無く、行動が読めない事は恐ろしい。僕は初戦を観察して情報を得れたが、ゴンにとって未知の相手だ。
僕にとってアドバンテージが多い戦いではあるのだが、ゴンも基礎能力が高い。これくらいでは崩れてはくれないが、これも予想通りの展開だ。
ゴンは左右の動きに抗うように腰を落とし、歩幅を広げて安定性を確保する。
ここだっ!
右足を一歩踏み出して、左手で持った袖を下に落とす。襟を掴んだ右手は手首を返して、相手を後ろの方向へ倒すようにする。
ゴンは倒れまいと足を踏ん張る事になるが、この体勢こそ技を仕掛ける前段階の完成だ。準備が完了したのを確認すると、次は足の運びへと移る。
少し膝を曲げながら、前に出した右足の後ろに左足を持ってくれば、これで右足の発射準備が整った。目標とするのは、僕から見て右方向にあるゴンの左足だ。
ゴンが左足で踏ん張るような体勢に導き、最後はその足を刈り後ろに倒す。柔道で大内刈りと呼ばれる技である。
タイミングは、1で右足を出し、2で左足を引き付け、3で左足に身体の軸を移し、右足を前に出して相手の足を刈る。
利き手と利き足や、その時の状況によって左右を使い分ける。上半身と下半身の連携も大事なポイントだろう。高校体育の授業で、僕が得意としていた技のひとつだ。
体勢は十分に崩した。後は力あるのみだ!
ゴンも下半身に気を張り懸命に耐えるが、そうはさせん。僕も全力で体重を乗せながら足を刈る。気合の声が自然と腹の底から漏れた。
「おおぉぉ!」
「チェストォォオッ!」
チェストが出たがもう遅い。出すなら一呼吸前に出すべきだった。既に勝負ありの体勢に追い込んでいたからだ。そのまま油断する事なく、ゴンを後ろに倒す事が出来た。
よし、狙い通り。今回は全てが上手くいった。ある程度の情報をワカにさらす事になったが、これは仕方が無い。そうでなければ勝てる相手ではなかった。




