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輪廻の果てへ  作者: 葉和戸 加太
序章 自己の確立
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5 道に迷うということ

 まずい。


 日が沈み始めていた。思ったより時間が経っていたらしい。そそくさと立ち上がり帰路を急ぐ。寮についたら怒られる事を覚悟したが、無事に帰る事ができるのかが問題になりそうな気がしてきた。


 うわぁ… 怖えぇ~。


 周囲の雰囲気が一変してきた。恐怖故に感覚が研ぎ澄まされているせいか、何かの動物が潜んでいる気配もする。今の季節、段々と暖かくなってはきているが、日の入りはまだ早い。日が落ちるのに比例して、焦りの気持ちが大きくなる。


 あかん、これは迷ってしまう。今日帰るのは無理だ。


 昔、山岳ガイドの人が言っていた言葉を思い出した。道に迷うとはどの様な状態をいうのか。それは、自分の現在位置が分からなくなる事だと。当たり前の事かもしれないが、基礎は大事だと、深く考えさせられたものだ。逆に、自分の位置が分かっていれば、迷うことは無い。


 僕はつい最近まで、人生という名の道にも迷ってきた訳だが、自分の立ち位置、人間であるとの現在位置が、座標を把握する起点となった。例え地図があっても、自分の居場所が分からないと、何方どちらへ歩を進めてよいか、判断できない。


 このまま歩き回れば、明日になり日が出たとしても、道迷いになってしまうだろう。野宿する事を覚悟した。


 日が落ちきる前にやれる事をやっておこう。野宿では獣の襲来が怖い。襲われたら勝ち目は無い。手持ちは草刈鎌のみだ。


 逃げ切るのも無理だろう。山道で大人さえ難しいところを子供の足である。しかも、暗さで足元すらおぼつかない。襲われたら終わりだ。対策を必死で考える。


 獣が人を襲う理由は、一つに食料として。人間を餌と認識しているものと、遭遇しない事を願うばかりだ。


 理由その二、テリトリーに侵入してきたものを排除する。


 今の季節、子育ての季節では無いような気がするが、子供がいたら、さらに厳しくなるだろう。立ち去るなら、攻撃を控えてくれるのだろうか。威嚇されたら興奮させぬよう、静かに遠ざかるようにするのが最善だと思われる。


 最後に、未知への恐怖、しくは好奇心。


 分からない事を恐ろしいと感じ、攻撃する。未知なるものが、自身に危害を加えるものであれば、先制攻撃で優位にたてる。人間でも、自分に自信のないものが、攻撃的になることはよくある。


 野生動物は怖がりである。恐怖とは、危険を知らせる警報で必要なものだ。未知なものに不用意に近づいては命を落とす危険がある。しかし、好奇心がそれにまさる場合もある。


 この場合、動物はじゃれるだけのつもりかもしれないが、人間にとっては一大事である。熊だったら、遊びのつもりでも、なぶり殺しにされてしまうだろう。


 今思いつくのはこんなところだ。自分が人外のものだった頃の記憶では、幸いにして人を襲った記憶は無い。忘れているだけかもしれないが、そんな記憶が無くて良かったと思う。


 まだ日が沈み切る前に、一夜を過ごせそうな場所を確保しておこう。風が防げ、危険を察知したら直ぐ逃げ出せるような、足場が良い所が良いだろう。獣道から少し外れた、大木の根本に身を潜めることにした。虫対策として、周りの茂った草を鎌で刈り取った。


 鬱蒼うっそうとした山中だけあって、見晴らしは良くない。視覚が駄目となると、頼れるとしたら聴覚だろうか。不自然な草木の音がしないか、耳を澄ましてみる。だが、相手である野生動物は、こちらが気付くはるか前に、僕の存在を把握している事だろう。


 準備が終わり腰を落ち着けると、辺りは墨を落としたような暗闇に包まれた。空に星が見えるが、地球とは全く違うようで、方角は皆目見当がつかない。


 闇に徘徊する獣であった時の記憶もあるが、今は暗闇が恐ろしい。視覚、聴覚、嗅覚などが野生動物よりも劣り、情報が少ないせいなのだろうか。全てを忘れて寝てしまいたかったが、夜の寒さがそれを許してくれない。


 知性があるせいで、危険だという知覚が必要以上に働き、余計に恐怖を感じていると思う。虫として生を受けていた時など、本能行動の反射だけだったような気がする。


 先ほどまで、輪廻だ人生の意味だなどと悩んでいたものが、一寸先の闇に怯えていると思うと、我ながら滑稽こっけいに思えてくる。


 寒さを凌ぐ為に膝を抱え、縮こまりながら辺りの様子を伺っていると、暗闇だというのに、らん々と光る動物の双眸そうぼうが遠くに見えた。


 ……狼か?

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