4 諸行無常
朝起きて身支度をし、食事を済ませる。
片付けをした後、佐助さんと、寮母兼看護師の春絵さんは、隣接された医院へと向かう。医院、孤児院と名前は違えど、さして中身に違いは無い。
佐助さんの兄、猟師の格兵衛さんは、猟犬のタロウを連れて山へ。
孤児のなかでは年長者である、ケン兄とハナ姉は学校だ。
最後に僕、これから洗濯仕事が待っている。
全部で6人と1匹が、孤児院に関わる総勢である。大人達の見た目は、20から30代、子供は10歳未満だろうか。現代の日本とは印象が違うだろうから、正確には分からない。
幼い子供にとり、手洗い洗濯は、なかなかの重労働である。格兵衛さんが猟に出かける前、洗濯用の水を井戸から汲み、桶に入れてくれる。これを午前中に済ませ日に干す。
昼休みに医院の二人が戻り、春絵さんの用意した昼食にありつく。
少しお昼寝をした後で、洗濯物を取り入れ畳んでゆく。着物は白を基調としたものが多い。医療従事者である為、汚れが分かりやすい物とのことだろうか。衛生の概念があるのかもしれない。格兵衛さんの分は草木染めの物が多いが、猟師で迷彩の必要があるからだろう。
後は自由な時間だ。
これが日常であり、淡々と時間が過ぎる。
さあ、この後どうしようか。
これまでは記憶整理の為などで、平穏な時間を過ごした記憶はあまり無かったが、今は落ち着いて、とても静かに感じる。季節も春が近く、天気も良い。
時間があると、余計な事まで考え込んでしまう。
考えるのは、自分と周りとの関係の事など。周りの皆には、自分が前世の記憶らしきものがあるとは伝えていない。信じてもらえないかもとの思いと、変な子供だと思われたくないとの恐れからだが、どこか壁を作ってしまっているのだろうか。
山菜でも採りにいこうか。
気分が落ち込んできたので気分転換だ。鎌を手に取り、山に向かって歩き出す。タラの芽や蕨が出てくる頃だろう。
歩くという行為は、考え事をするには良い気がする。周辺に気を使わないと危ない事は勿論だが、注意している分だけ思考のキャパが少なくなり、余計な雑念が入り込む余地が少なくなる気がする。そういえば前世で、何処かに哲学の道という名が付いた所があったなと思う。
取り留めなく考えながら、黙々と歩き山中へ分け入ってゆく。蕨を見つけて採集し風呂敷に包む。ある程度集めたら、手を空ける為に首から肩に掛けた。
普段ならここで帰宅するのだが、気の向くままに足を進める。太陽の位置で方角を確認しておこう。鎌で木々を払いながら進んでゆくと切り立った崖に出た。眼下には川が流れ、濁流が渦巻いている。水深は深そうだ。
腰を下ろし流れを見つめていると、川の流れは絶えずして… という方丈記の一節が頭の中をよぎった。川は何も変わらず、そこに存在しているのだが、それを構成する水は、常に流れ流れて、入れ替わっている。
諸行無常、全てが同じ事など無い。
転生と同じか…
僕の魂も巡り廻って、果ては異なる世界にまで辿り着いた。そしてこれが最後という事でもないだろう。輪廻を苦行ととらえ、その輪から外れる事を解脱という。そして、解脱を成し遂げたとされるものが釈迦、仏教の開祖である。
結局、全てがリセットされるのなら、今の生に意味はあるのだろうか。
問いに答えるものなどなく、川の音と、時折聞こえる鳥の囀りが響くのみ。
善行を積む事により、次の転生条件が良くなるというのがあるかもしれないが、何をもって正義とされるのか、その立場や時代で異なる場合もよくある話である。
逆に人として、禁忌と言えるものは何だろうか。やはり殺人が真っ先に思い浮かぶ。そのなかでも血縁殺しや、殺しに伴う食人等は上位に入るだろう。奴隷というのも捨てがたい。
だが、生物として枠を広げてみるとどうだろう。種としてこのような行動を普通に行う事はよくある。蟻などは、別種の蟻を奴隷とする存在さえいる。全生物共通となる悪行、若しくは、善行などあるのだろうか。
さらに言えば、家畜は一種の奴隷制度といえなくもない。他者の都合による使役(強制労働)や、繁殖(強制的性交などの管理)、その挙句に殺され、食われる。だが、それを悪と呼ぶものはいない。いや、いるかもしれないが一般的では無い。
終わりが無いものなど無いというが、この輪廻に果てはあるのか。
この永遠なる輪から、脱することが出来るのか。
また、僕はそれを望むのか。
取り留めない疑問が、次から次へ浮かんでは消えてゆく。
時間を忘れ物思いに耽っていると、遠く獣の遠吠えが聞こえてきた。




