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輪廻の果てへ  作者: 葉和戸 加太
二章 魔術契約
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34 逃げるという選択

 時間に余裕があるのは、猟師の格兵衛さんだろう。病院は身内のみで回している為、一人休むと診察できる患者数が極端に減る事となる。


「佐助さんと春絵さんは、病院があるんじゃないの?」

「そうや、ここは俺の出番やぞ。」

「なんか行く気満々ね。」

「久しぶりに、母校の様子を見てみたいしな。ガミラとかまだおるやろ。」

「え~? ガミラに会いたいの?」

「いや、会いたくは無いが、遠くから見てはみたい。」


 ガミラとは生活指導を担当している教師である。格兵衛さんが通っていた頃から在籍している、名物教師の一人らしい。未だ教鞭をとっている事は、ケン兄とハナ姉からの情報で分かっていた。


 ガミラとはあだ名であり、その由来はガミガミと口煩くちうるさく説教をする事に加えて、言葉遣いが少しなまっており、語尾に〇〇だら、と付ける話し方をする為、そう呼ばれている。


「君ィ、それはイカンだらァ。」


 これが口癖らしい。北関市は近年になり開発が進んでいる。幅広い地域から人々の移住があり、多彩な方言を耳にすることが出来る。ガミラもその一人であった。発展するのは良い事ではあるが、それ故に侵略を受けたのは皮肉な話である。


 そんなこんなで格さんの希望通り、保護者役をしてもらう事となった。保護者役が決まると、何を思ったのか、山歩きに連れて行ってくれるらしい。早朝から弁当を作り、連れ立って山へと入る。


 入山する前に、格さんが胸の前で手を合わせて黙祷もくとうする。


「何してるの?」

「俺は猟師やからな。山への感謝を表しとる。」

「山の神様?」

「神様も対象に入っとるが、山、自然全体への気持ちやなァ。」


 格さんの真似をして黙祷をすると、それを見た格さんが満足げにうなずく。


「ほんなら行こか。」


 犬のタロウを先頭に獣道を分け入ってゆく。そしてしばらく進むと、見慣れた場所へ辿たどり着いた。


(ここは……。)


 そこは山で迷った時に、野宿を覚悟した場所だった。腐葉土を探して山に入る事に慣れたせいもあり、今では何ともない距離の場所に思えるが、当時は最悪の事態すら頭に浮かんで恐ろしかった事を、鮮明に覚えている。


「あん時は心配したわ。」

「御免なさい。」

「でもな、動き回らないという判断は立派やったぞ。」

「……。」

「俺は話が下手やから、思ったままを言うが、困った時には頼ってくれたらええ。子供は迷惑かけてなんぼや。そやけど、取り返しのつかん事だけは止めてくれ。」

「気を付けます。」


 申し訳なさと有難さで胸が一杯になる。


「今度、学校へ通うようになったらいろんな事があるやろ。駄目だと思ってすぐに逃げ出すのは良くない事や。癖になるからな。だけどなあ、本当にアカンと思ったら、そこで踏みとどまったらあかん。アカンときはアカンのや。逃げて判断を間違う事もあるが、突き進んで犬死する事もあるんや。判断を誤ったらあかんぞ。」

「分かりました。」

「ま、何かあったら、頼ってくれてええっちゅう事やな。」


 何かが起こった時、頼れる人がいるというのは非常に大事だ。自分の言動には責任を持つべきであるが、最後に相談できる人がいるのは、安心感が桁違いである。これもリーダーに必要な事だろう。


 前世での仕事内容を唐突に思い出す。


「これ、君に頼むから後よろしく。」

「この案件、やった事ないですけど大丈夫ですかね?」

「俺、来月出張なんだ。その間だけ一人でやってくれるか? 説明はしとく。」


 上司から、そう言って渡された仕事は海外との貿易業務だった。ひと通り説明を受けた後、一人で業務を受け持つ事となった。信頼された等、良い意味で受け取る事も出来たかもしれないが、その結果どう感じたのか、正直に告白すると、


(クソが…… ぶっ殺すぞ。)


 勿論もちろん、殺すというのは言葉だけだが、これまでの信頼が全て無くなった事を感じた。彼が出張してから、渡されたデータを見直すと、数字に明らかな間違いを発見した。


(どうすりゃええん。これ……。)


 解決方法を聞くべき上司はいない。途方に暮れたが、何とかせんとあかん。自分が先ずやった事は、覚悟を決める事だった。


(もうどうなろうが知らん。自分の出来る事は精一杯やる。だけどその結果、失敗して損害が出ようとも知ったこっちゃねえ。最悪、会社辞めればええやろ。)


 腹を決めた。会社に残ろうと固執するから苦しむ事になる。最悪の場合は辞める、逃げたら良いという手段がとれるからこそ、大胆な行動もとれる。家族がいる等の理由で、簡単に決断できないケースは有り得るだろう。何が最善なのかは、人により異なる。


 この時の僕はどうしたかというと、他の部署へ助けを求めた。一人ではどう考えても無理だと判断したからだ。有難い事に、経験豊富な先輩の一人が助けてくれ、何とか乗り切る事ができた。


 てゆうかさ、二人の深夜残業で乗り切ったんやぞ。一人の仕事量じゃねえ。始めに逃げてったヤツ、何考えとんねん。それとも、分かっとったから逃げたのか? 直接関係の無い仕事を手伝ってくれた先輩には、感謝以外の言葉が見当たらないが、えらい違いだぜ。


 修羅場を乗り越えると力が付いたのか、次回からは、楽に仕事をまわせるようになったが、これについて感謝の気持ちは全くない。どこかの有名な社長さんの言葉で、次のようなものがある。


「途中で止めるから無理になるんです。途中で止めなければ無理じゃ無くなります。」


 頑張った結果、最後までやり切る事ができた。出来たという事は無理では無かったのだという理屈である。


「実際やり切っとるやん。お前の言い分は泣き言に過ぎんのやで。」


 クソが。


 こういった労務管理のやり方はいずれ限界がくる。このやり方でも、一時的には効果があるので、元気があれば何でもできるという、精神論を全面に押し出す職場はある。しかし、これを持続する事は難しい。


 確かに突発的な業務や、不測の事態が発生した場合、ある程度の無理をする必要がある。その為に協定が結ばれれば、残業が法的に認められて強制力も発生する。


 だが、これは臨時の場合に限る事を前提としている。日常の業務が、無理を前提に成り立っていてはならない。必ず何処どこかで限界は訪れる。それが従業員の健康であったり、会社の社会的評価だったりする。


 不幸にしてこのような組織は珍しくない。追い込まれてしまった時、逃げるというのは自衛の有効な手段である。逃げずに頑張りすぎると、鬱病になりやすい。


 意識を変えてハードルを下げてみると、きっと楽になるはずだ。


 頑張る時は頑張らなあかんが、無理なもんは無理。そこら辺の見極めが大事だ。客観的に判断は出来ても、自分の事となると難しい。分かっているんですがね。


「目的地はこの先やぞ。」


 格兵衛さんから声がかかった。


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