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輪廻の果てへ  作者: 葉和戸 加太
一章 入学準備
30/306

30 入学通知書

 年の暮れになり、一年が過ぎようとしている。


 今年は本当に様々な事があり、流れるように日々が過ぎ去っていった。


 ただ、思い返してみると、この忙しさは自分の内的要因だった。内的要因とは、自分の意思で行動したという事。外的要因、誰かから強制された結果の忙しさでは無いので、自分で管理することができた。


 来年は学校生活が始まる。今みたいに気楽に出来ないかもしれない。そう思うとすでに逃げ出したい気分で、期待半分、不安半分だ。


 これまで、周りの人間は全て年上だった。感じるのは、子供として甘くみてもらえていた気がする。それに加え、我儘わがままを言わない、聞き分けの良い子だろうという自負はある。そりゃあ、大人の記憶を持っているので、恥ずかしくて、今更駄々をこねる事なんか出来んでしょ。


 心配なのは、年下や弱さという未熟さ故のアドバンテージが無くなった環境で、問題無くやっていけるのかという事である。


 その為にこの一年、頑張ってきたんじゃろがいっ! 今更何を言うとんねんと、自分に喝を入れる。


 以前に言及したように、僕の住むこの北区には、侍である職業軍人や役人が多く荒っぽい者たちが多い。その子弟も荒くれぞろいかもしれん。恐ろしいぜ。


 なめられんよう、初めにガツンといかなあかん。


 言葉も大事だが、それを裏付ける実力を示しておく必要がある。そう、入学後に行われる、体力と学力試験だ。頑張りの成果のおかげか、最近は心に余裕が出来てきたように感じる。出来るだけの努力はやったという自負がある。これで駄目なら致し方なし、という心境になれた。


 誰かえらいさんトコの子が、同年代という話を聞いたが、英才教育をされているのかもしれない。ここは忖度そんたくして負けておくべきなのか?


 しばらく迷ったが答えが出ない。分からん時は自分の出来る事をするだけだ。つまり忖度そんたくはしない。しかし当日までに、何か新情報が得られれば変えるかもしれない。


 さて、この世界でも年越しの際に、神社仏閣や教会にもうでる習慣がある。大晦日おおみそかと正月両方に参加する人もいれば、片方だけで十分とする人もいる。お祭り騒ぎのようなものだが、年の締めくくりはおごそかに、年明けの正月は派手に騒ぐ傾向があるようだ。


 ここ薬師院の皆は、年末の集まりだけ参加している。正月早々に浮かれて馬鹿をやり、怪我をするもの、お酒を飲み過ぎて運ばれてくるお調子者がいる為、万が一を思い病院を開けているが、ほとんどの時間は暇であった。


 年末年始の風習について述べておくと、信心深いものは、自分が信仰する対象をまつってある施設へ出向くが、それが遠方にある場合や面倒くさい等の理由があり、近所で済ます者も多い。多いどころか、それが一般的らしい。


 神々は捧げられる信仰心がその力となり、このおまいりも、その源の一つだ。信仰している神に直接祈りを捧げるのが効果的だが、他の神仏経由(近場の寺社など)となると、手数料として信仰の力が、経由する神に一部徴収される。


 信者は楽になり、信仰対象の神は、本殿から遠くに住まう信者より力を得られ、間を取り持つ神は、信者以外から、信仰の力を一部受ける事が出来る。


 横着といえば横着な話であるが、三方とも利があるので、上手く事が運んでいるらしい。思い返せば、前世でも異なる宗教の神々が交わる事があった。


 ひとつとしては、対立する民族が相手の宗教の神をおとしめる場合だ。相手側の神々を否定し悪魔とみなす。我が神に歯向かう奴等は悪魔だというものだ。民族の存亡がかかっているのだから、当然と言えば当然かもしれない。


 しかし、対立ばかりではなく、平和的に混ざり合う事もある。


 具体的な例を挙げると、仏教の仏陀は、ヒンドゥー教の最高神といわれる一柱、ヴィシュヌの化身とされる。また逆にヒンドゥーの破滅を司るシヴァ神は、仏教や神道に同一視される神が存在する。大黒天や恵比寿さまがそれである。


 多神教ならではのふところの深さだろうか。


 神とされる存在が多数確認される為、一神教は存在するのだろうかと思ったが、どうやら、この世界にもあるらしい。


 神は一柱のみ。他の存在は天使、若しくは精霊とみなす宗教があるという。現実に力を与えてくれる、他の宗教で神とみなされている存在は、実は神ではなく精霊に過ぎない。天上界のさらに上、そこに鎮座する存在こそが、全てを包括する全なるものという教義らしい。


 アンタ等の祀る神様は、実はただの精霊であり、格下の存在であり、我が神こそ至高だというのである。


 どこの世界も宗教ってヤツは難しそうだ。天上の神々が派閥争いをしているだけならいいが、下界の人間に迷惑をかけんで欲しいと思う。それとも、信者が争っているから、神様たちが対立するのだろうか。


 鶏が先か卵が先か。


 深くは関わり合いになりたくないが、契約魔法、魔術の恩恵を考えると、難しい問題になるかもしれない。既に僕自身も、間接的にだが魔術との関係は浅くない。孤児院でお世話になる経緯があるからだ。


 しかしこんなもんは、考え込んでも何ともならん。知らぬうちに、ヤバい領域に足を踏み入れぬ様、知識を広げていこう。幸いにして、周りに教えてくれる大人達がいる。今ここに述べた事も、時間をかけ聞いた事を整理したものだ。


 ただ々、自分の出来る事をやるだけ。


 同じ事を繰り返しつぶやいているが、出来る事が少ない自分に向けての言葉である。これを開き直りとも言うが、その自覚はある。


 年が明けてしばらくすると、僕の入学通知書が手元に届いた。

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