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輪廻の果てへ  作者: 葉和戸 加太
一章 入学準備
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28 リーダーの資質

 学校への入学時期が迫ってきたのを感じる。ケン兄とハナ姉の二人は、秋が終わり学校が忙しくなっているようだ。収穫の手伝いで、子供も重要な労働力となり、学校のスケジュールもそれが考慮されている。


 寒さが増す日々のなか、物思いにふける事が多くなる。


 学校の試験は大事だが、ここまで頑張る必要はあるのか?


 そもそもの目的は、学校生活において、いじめられたくないという動機だった気がする。前世の記憶があるのは異質な存在だろう。例え周りにそれを告げなくとも、変り者とみなされ、排除されるかもしれんという事が、その心配の素だった。


 そして体力や学力など、実力を付ければ、いじめられにくいだろうと考えた訳だ。


 まあ、確かにそうだろう。だが、集団生活において、実力がある者がグループの支配者となれるのかというと、必ずしもそうではない。確かに実力がある者は上位に位置付けされやすいが、この場合においては、力こそ全てとは言い切れない。


 力ある者が組織のトップに立つというのならば、組織の長や幹部達は、上に立つに相応しい能力を備えているはずだが、この事を研究した学問、近年に流行っているものがリーダーシップ論だ。


 このリーダーシップ論というやつは、比較的に新しい学問であり、今後、段々と熟成していくだろう。個人的には、所謂いわゆる、意識高い系に人気なのかなという印象がある。


 リーダーシップ論というと、古典ではマキャベリの君主論が思い浮かぶが、これも組織の上に立つ者の心得を説いたものだ。


 これは「組織の長になる為」の学問でなく、「組織の長として」の心得である。


 何が言いたいかというと、リーダーとして適正のある素晴らしい人が、リーダーになるとは限らないという事である。当たり前の事だが、クソのような人物が組織の上に立ち、全体に損害を与えてしまう事はまれではない。


 その理由は、「リーダーになる為」の資質と、「リーダーとして」の資質が似て非なるものだというのが、その理由のひとつに挙げられるだろう。


 現代における権力やリーダーシップ論については、スタンフォード大学ビジネススクールの、ジェフリー・フェファー教授の書籍が面白い。彼の本は、現実社会においてリーダーとなっている者について、悪いヤツほど出世する等、手厳しい評価が多いが、リーダーが本来あるべき姿を示し、逆説的なエールを送っているのかもしれない。


 素晴らしき人物が上に立つのなら、従う事に異論はない。正直、尻に敷かれる事のほうが楽に感じるケースもある。上手くいけば、自分はトップに立たず、裏からコントロールする事すら出来るかもしれない。そして、責任を押し付け楽をする。しかし、その様な事は、トップに立つよりも難しいかもしれないと思う。


 ごちゃごちゃ難しく考えたが、結局は、なぜ鍛えているかというと、クズが上に立ってしまい、理不尽な事を押し付けられた場合、それを拒否する実力が欲しいということだ。じゃあ自分が上に立てばええやんという考えもあるが、それはそれで面倒くさそうだ。


 組織のトップに立つ者は、権力を行使する事が出来るが、それなりの責任も発生する。そして能力不足であったりすると、反乱を起こされてしまう場合がある。


 ここで言う能力とは組織の長としての能力であり、部下、実行部隊としての能力ではない。


 トップとして必要とされるものが、一兵卒が求められるものと違うという例で、良く言及されるのは、中国で平民から皇帝に成り上がった、漢の劉邦だろう。


 劉邦には人徳があり、兵士を率いる能力こそ並みであったが、兵士を率いる将軍の上に立つ器であった等の逸話が残っている。


 リーダーシップ論というのは、人徳やカリスマといったものを論理的に分析し、身に付ける事を目的としたものといえる。


 個人的には、他を制する程の権力は要らないが、ある程度の意思を貫けるだけの自由は欲しい。理想を言うなら、劉邦に仕えた軍師、張良のポジションである。


 中国が劉邦により統一された後「狡兎こうと死して走狗そうく煮らる」という粛清が起こり、多くの者は悲惨な運命を辿たどったが、世を捨て仙人を目指した彼は、政治的な闘争とは無縁の存在でいられた。人徳故に天下を取ったと言われている人物に、その様なエピソードがあるのは皮肉なものだ。


 張良クラスとまでは言わんが、何かいさかいが起こった時に、そんなの関係ねえと、言える存在を目標に頑張るのだ。


 だが、他人がしいたげられていた場合、自分さえ無事なら良いのか、良心が耐えれるのかという問題も出てくるかもしれん。


 困ったもんである。


 将来起こり得る困難にあらがえるよう、今のうちに準備しておこう。


 お手つないで皆で仲良くが理想だが、どうなることやら。

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