21 新たなる力の検証
新たな世界への扉が開いた。
まさに扉が開いたという表現がしっくりくる。目に見えず、匂いも無く、触れる事が出来ないものが、そこに在るという感覚。何も無いように思えるが、間違いなく「それ」は存在するという、確かな手応えがあった。
驚きと感動で、暫しその場に佇んでいたが、何もやる事が無いので、家に帰る事にした。歩きながら、混乱した頭を整理していく。
まず、魔力を感じられるようになった事は嬉しい。今後、ゆっくりと分析していこうと思うが、その前にやるべき事は、春絵さんにどう謝ろうかという事だ。
そもそも僕の八つ当たりでしかなかったが、おそらくはそこでブチ切れた為に、前世の常識の殻を破る事ができ、結果論として大正解だった。精神が未熟な子供の状態で良かったのかもしれない。大人になると、良くも悪くも感情コントロールに長けるようになり、感情を直接的に表す事が少なくなる。
しかし八つ当たりをした事は、その結果が良かったからといって、良くないものは良くない。それはそれ、これはこれだ。しかも過程はともかく、結果的には春絵さんの言葉が正しかった事になる。
大見得を切って飛び出したまでは良かったが、舌の根が乾かぬ内に、のこのこと帰って、間違ってましたってのは格好がつかない。どんな顔をして謝ったら良いんだろうか。
うーん、ここは素直に御免なさいしよう。時間が経つと謝り辛くなるだろうし、顔を見たら一気に謝ろうと心を決めた。
さんざん悩んで帰宅したが、春絵さんは医院の勤務に向かった後だった。よし、帰ってきたら御免なさいだからな? 後になるほどやり難くなるんだからと自分に言い聞かせる。それまでは、さっきの不思議な現象についての分析だ。
先ほどの木に石がめり込んだ事と、新たに感じられるようになった「モノ」は、魔力以外に説明がつかないだろうと思う。とうとう出来るようになったかと、感慨深い。
感じられる魔力の属性のひとつは、水属性だろうと思われる。理由としてその力が、大気中の湿度のような印象で感じられるからだ。もしかしたら、大気の風属性の可能性もあるが、感覚として水のような気がする。今日は曇りで湿度が高い為、普段よりも水の魔力が感じ取り易いかもしれない。
ただの直感だが、こういう事が大事な気がする。今まではその思い込み、魔力を習得できないという考えが、逆に障害になっていたと思う。しかし、それが正しい解釈なら、その事実こそ、思いが魔力に影響を与えるという証明になるはずだ。
Vice Versa. 逆もまた真なり。
思い「魔力習得は無理では?」 → 現実「習得できない。」
思い「出来ると信じる。」 → 現実「良い結果となる。」
自分の可能性を信じよう。自分は出来る子で、無限の可能性が待ってると。謙虚さは大事な事だが、時には突き抜けても良いかもしれない。周りから調子に乗るなと言われかねないので、あくまで自分の内に留めておこうとは思っている。
さて、魔力の分析にもどるが、水属性に加えて地属性も獲得できたのではないかと思える。魔力の波動らしきものが、大気中に加えて、自分の人体、植物、大地に感じ取れるからだ。
水分は生命に必要不可欠なもので、動植物から水の魔力を感じ取れるのは、理解できるし、大気中も湿度がある様に存在するのも分かる。そして大地にも水が存在するのも分かるが、地表から感じ取れる魔力を、大気や動植物などと比較すると、非常に大きな力を感じる。
魔力に覚醒した時を思い起こしてみると、その時にイメージしたものは、ひとつは身体強化で、身体を構成する水の魔力によるものだ。そしてもう一つが投擲した石の強化だ。投げられた石が的に命中し、その衝撃が突き抜ける事を想像した。
おそらく後者が、固体に影響するという、土属性を目覚めさせる引金になったのではなかろうか。うむ、そうに違いない。自分と直感を信じる。そうと決まればさっそく実験だ。
外に出て鍬を手に取り、畑を耕してみる。始めは水魔法の身体強化を試みるとしよう。血脈にのって魔力が行き渡るイメージだ。鍬を上段から振り下ろす。
ザクッ ザクッ
おっ 良いやないの。いつもより力強く鍬が土に突き刺さる。手応えも十分だ。魔法が効いているらしく、いつもより深く土を掘り返す事が出来る。
次は土属性の検証だ。鍬をより固く、より鋭く魔力でコーティングされるよう、イメージする。その際に気を付けた事は、自分の体内にある魔力を引き出すのでは無く、鍬そのものに宿る魔力を操作するという事だ。
そもそも魔力とは天地にあまねく存在し、それを利用する方法を魔法術と呼ぶ。先ほどの水魔法の身体強化は、自分の身体にある水を操作する為、物理的な筋力を使って力を出す感覚と共通する部分がある。これが、水属性が最も習得しやすいとされる理由である。
土属性の固体に宿る魔力は、水や火、風より動きが無い為に、習得が最も難しいとされる。ここまではケン兄に教わった事だ。
魔力に目覚めた時のイメージを再現してみよう。物質とは極限まで細分化すると原子、分子に行き着くと考え、魔力により結合を強化し力を与える事を想像した。結果が上手くいったという事は、最適な方法かどうかは分からないが、間違ってはいないはずだ。やったるぜ。
サクッ サクッ
今度は手の手応えが軽くなった。固いはずの土が柔らかく感じる。成功だ。ただの農具である鍬が、名工の手による業物に思えてきた。
うむ。今宵の鍬は土に飢えておるようじゃ。
……言ってみたかっただけである。今宵も何もまだ真っ昼間だ。
水魔法と土魔法、同時に使ったらどうだろうと思い試してみたが、上手くいかなかった。何と説明すれば良いんだろう。例えるなら、右手で円を描きながら、左手は三角形を描く動きをするといった感じがする。すぐには出来ないだろうが、時間を掛けて訓練すればいける気がする。無意識ではあるが一度は出来ていたはずだ。
そんな事をしていると、どうやら春絵さんが帰ってきたみたいだ。