20 暴発した負の感情
曇天の空の下、当ても無く外へ飛び出した。
どうしてこうなった。
心の堰が切れ、溢れ出たのは劣等感、怒り、そして悲しみと自己嫌悪。
切っ掛けは些細な事だったが、それが駱駝の背を折る一本の藁、ラストストローとなり、これまでに背負っていた荷が崩れてしまう。表面張力を超えて水が溢れるには、一滴の水で十分だった。
氾濫の予兆があった頃まで振り返ってみよう。
前回、今後の進むべき道を定めようとしたのだが、よくよく考えると、選択肢は二択しか残されていない事に気付いた。このまま踏みとどまるか、諦めるかだ。
進路を魔術や魔石の方面に舵を取るとすると、双方とも魔石が必要となる。魔石を手に入れるには、自力の発掘などで入手するか、財力で手に入れるかのどちらかになる。その為にはこの世界の基礎知識が必要で、相当な努力が必要だ。
別の道は諦めるという道。魔力が無くても、それなりの生活ができれば、それはそれで良いのかもしれない。
現状継続か止めるかの二択だが、将来を考えた場合に、自分磨きを続けたほうが良いに決まっている。つまり冷静に考えた結果、始めから選べる選択肢など無かったのだ。将来的に、学ぶ分野の違いにより、選択の幅が増えてくると思うが、今は基礎の地力を蓄える時だろう。
自分で選んだ道と、追い詰められた道。同じ道程ではあるが、動機が違えば感じるストレスは段違いだ。それに、自分では余裕を持って調整したと思っていたが、日々の疲れが溜まっていたようで、選択肢が無いと気付いた時、体に気怠い疲労感を感じた。
そして、考えさせられたのは、やはり魔力感知を習得するのが遅いという事実。おままごと仲間である近所のねーちゃんが言うには、
「え~、まだ魔力が感じられないの~? そんなん始めて聞いた~。」
だそうである。冷静な顔を装っていたが、正直、痛く傷ついた。そうか、始めて聞いたのね。どこまで魔力を操る力があるかは、個人により幅が大きいらしいが、感知までは簡単に出来るようになるという。
悪気は無いんだろう。無いんだろうが残酷な事実を突きつけられた。
今まで、自分は特別な存在だと思っていた。勿論、前世の記憶があるというのは特別な事だろう。そして、その記憶、経験があるからこそ、人よりも優れた面があるのではないかと思っていた。しかし魔法に関しては、逆に劣った存在になるとは思いもよらなかった。
三つ子の魂百までと言われるように、幼少時の刷り込みは影響が大きい。ましてや魂レベルの刷り込みだ。前世の非常識は今世の常識だと分かっても、実際に修正するのは難しい。それに、感性をこちらの世界に同化させる必要があるのななら、異なる価値観、ものの見方を持つという、転生者の利点のひとつを失うのではないだろうか?
兎も角、このままだと魔力習得は非常に難しい。何より自分がそう思い始めている事実がある。その思いが、さらに習得を難しくするという、負のループに陥っているような気がする。
いくら考えまいとしても、悪い方向での考えが止まらない。もはや魔力を感じるのは不可能では無いかと思い始め、気力がすっかり萎えてしまった。
そんな状態が続いていた、ある日の昼食後、春絵さんが声を掛けてきた。
「最近、元気ないみたいだけど、どうしたの~。夏バテかな? しっかり食べないと駄目だよ~。訓練も力が入らないよ~。」
「どうせやっても出来ないから……。少しほっといて。」
魔力習得は諦めて別の道を選ぶしかないと思い、早めに覚悟を決めようとしていたが、その決断が出来ずに、結論を先延ばしにしていた。
「そんな事ないよ~。コツを掴むのに苦労してるだけだから、一度でも感覚が分かれば簡単だからね。」
優しく励ましてくれるが、そこに若干の苛立ちを感じた。そう言えるのはこちらの事情を知らないからだ。勿論、事情を話した事が無いので、知らないのは当然なのだが、なんも知らんくせに、無責任に言いやがってという思いが、心の暗いところから湧き上がる。
こちらは、それなりに高度な事まで考えたうえで、悩んでるんだと思っている。小手先の慰めは要らない。最終的に無理だと分かり、被害を受けるのは僕自身だ。そんな気持ちが、次の台詞を僕の口から吐き出させた。
「春絵さんには分からないよっ!」
魔力無しの人生を歩むという、覚悟が出来るまでに時間が欲しい。それまで放置しておいて欲しいと思う。善意で声を掛けてくれたのは分かっているので、申し訳ない気持ちもあるが、今は一人になりたい。
「分かるわよ~。私もあの二人と比べられて、さっぱりだったもの。」
そう言って頭を撫でてくれる。しかし、優しさが生温さに感じられて、その手を振り払った。魔力の無き人生を覚悟をしようとしている時に、中途半端な慰めを言われると、その決断が鈍る気がした。
「結局、それも出来る人の言葉でしかないんだ。そんな上から目線で言われても、何にもならないよっ!」
手を振り払いながら、強い口調で拒絶してしまった。春絵さんがショックを受けた様子が伝わってきた。
(こんな事を言うつもりじゃなかったのに……。八つ当たりをしてしまった。)
口にして後悔したがもう遅い。居た堪れなくなり、その場から逃げだした。
これが冒頭へと繋がる経緯であった。
やってしまったとの思いを抱えながら、溢れ出る感情の赴くままに走り出した。誰もいない場所へと行きたかった。息が切れたら歩き、呼吸が整い後にまた走るを繰り返しながら、周りに民家が見えない場所まで辿り着いた。
体力は消耗したが、自己嫌悪の思いは消化しきれなかった。今回は、自分の我儘以外の何物でも無いことを十分に自覚している。それに、春絵さんの受けた衝撃が伝わってきて、後悔の念を拭えなかった。
(くそっ どうにでもなっちまえ。全部ぶっ壊れてしまえばいいんだ。)
理不尽極まりない破壊の衝動が僕の心に湧き起こる。足元から少し離れた場所に手頃な石を見つけると、それを手に取り、近くの木に向かって思いっきり投げつけた。
ドォォン!
(ぶっ壊れちまえ。)
鈍く、重厚な音が辺りに響く。これは僕の心の音のようだった。さらに一つ石を拾い、続けて投げつけると、同じような音が返ってくる。
ドォォン!
(ん? 何か… 凄い音が返ってくるような……。)
二回目の投石で気付いたが、衝突の音が凄まじい。少なくとも、普通の人間が出せる音では無いように思える。木が腐っているのかな?
疑問に思い、石をぶつけた木に近寄り調べてみる。するとどうだろう、なんと、投げた石が木に深くめり込んでいた。その木は青い葉を茂らせて、その幹の固さも問題ないように思えた。
(も、もしかして… これって……!)
何度か深呼吸し気持ちを落ち着かせ、何か変わったところが無いか探ってみた。すると、目には見えない何かが、この世界に満ちているような気配を感じ取る事ができた。
(これが魔力ってヤツなのか……?)