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輪廻の果てへ  作者: 葉和戸 加太
序章 自己の確立
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2 胡蝶の夢とデカルト哲学

 気が付いたら子供になっていた、あるいは子供に前世の記憶が甦ったといったほうが正確だろうか。当初はかなりの混乱状態だった。現在の、人間として生を受ける以前の記憶が、走馬燈のように流れてゆく。


 これはいったい何なんだ。自分は何なのだろう。


 自分を見失いかけたとき、中国の故事を思い出した。ある男が夢の中で、蝶となる体験をするのだが、目覚めた後で、自分が蝶になった夢をみていたのか、蝶が人となった夢をみているのか、どちらであるかまどう話である。


 うろ覚えであるが、例えどちらであっても、双方とも己自身であり、本質は同じであるという教えだったはずだ。


 また、哲学者デカルトの言葉で、「我思う、故に我在り。」という言葉がある。


 すべての事は不確かであり、その存在を証明するのは難しいが、分からないと悩んでいる自分自身については、その存在を証明できるという意味である。


 悩みとは、自己の存在より二次的に発生しているものだ。前提として、己の存在が先にある、そして自己があって初めて、思考が生まれるのである。


 例えるなら、太陽(自我)があるので光(思考)がある。太陽無くして光無し。光よりも必ず太陽、光源が先なのである。


 自我が無ければ悩みなど発生しない。


 悩みがある、すなわち、思考が生まれる源泉である、自我の存在を証明できる。結果より原因が推測できるということである。


 この二つは同じ自己の存在確認であるが、思考のアプローチとして違いがあるように思う。


 前者、荘子の説話である胡蝶の夢は、世界をあるがままに受け入れる、悟りの境地へ至る道。後者のデカルトは、自己認識より始まり、更なる世界の認識を拡げようとする、哲学的思考であるように感じる。


 これは前世の日本人であった時の知識であるが、知性ある生物だったお陰か、他の転生した時よりも、ある程度の記憶が残っている様に思える。しかし、どの様な最期を迎えたかまでは覚えていない。


 独白という形で思考をめぐらせているのは、頭を整理する為に始めた習慣である。客観的に自分の事を見つめようとした、努力の名残なごりだ。


 かく、前世がどうあったにせよ僕は僕だ。それ以外の何物でもない。


 自己の存在は確認できた。次は自分を取巻く世界の認識に移ろう。


 現在、僕は薬師院という名の孤児院の世話になっている。ここは孤児院と医院が併設された施設である。


 この世界は江戸時代の日本に良く似ていた。印象では産業革命前といったところだろうか。過去にさかのぼって転生したのではなく、異世界であると思われる。そのように判断した理由だが、次のような事を体験したからである。


 ある日、孤児院の皆と一緒に、薬の材料となる薬草採りの手伝いをしている際、足を滑らせ、崖から転落した事があった。


 落ちた際に受け身を取れず、腕を強打してしまった。


「うむむ、こりゃ折れとる。」


 引率している医師の佐助さんがつぶやく。思わず泣いてしまい、知識はあれど子供である事を実感した。


「ハル、腕を動かさないように。」


 ハルとは僕のことだ。そう言うと佐助さんは患部に手をかざし、集中する。しばらくすると患部が急激に熱を持ったように感じられ、その一瞬後、全身から一気に力が奪われたような感覚が走る。


「動かしてみなさい。」

「あっ… 大丈夫です! 痛くないです‼」


 痛みが嘘のように消えていた。恐る恐る力を入れてみたが、何も問題が無いように感じられた。


「ありがとうございます!」


 先ほどまで、痛みで曲がらなかった肘が動く。理解を超えた現象に愕然がくぜんとした。この経験により、此処ここは日本では無く、別世界なのではと思い始めたのだった。


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