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輪廻の果てへ  作者: 葉和戸 加太
四章 モラトリアム ― 実験開始前 ―
181/305

181 代官、暗躍す

 帝都に到着した後の小島代官は精力的に動いたとされる。


 家族の命と今後の生活が懸かっているのだ。必死にもなろう。彼は小島自治区の納税記録を手にし、中央政府の重要人物たちとの接触を図った。


「彼らの主張ですが、大島と同じ自治区として考えるのではなく、それぞれ別の区として考えてもらいたいとの事です。私が持参した書類には、小島領に課せられた税が納められた証拠が記されております。もっとも、それを確認したのは私自身ですので、間違いは御座らぬ。」

「ふむ。」

「よって賊に奪われた分の徴収分は、すべて大島領の負担としていただきたい。」


 それなりの理由と気持ちは分かるが、少し弱い。


「だがな、大島と小島は同じ一つの自治領じゃぞ。けっして二つでは無い。それを認めてしまっては、自治領主の権限をそれぞれに分け与えたと解釈する事ができ、自治の政が乱れる恐れがあるぞ。将来に禍根を残すやもしれぬ。」

「おっしゃる通りですが、我ら大和としては禍根が残ったほうが好都合かと。」

「その心は?」

「そもそも島一族に自治を認めているのは、直接支配よりも税を課すほうが効率的に管理できると考えられたからでしょう。」

「続けよ。」


 手応えありか? 代官の強みは現地の活きた情報を持っている点だ。


「彼らは天帝を君主と仰いではおりますが、領土が僻地にあって武勇に秀でた一族です。反乱の恐れから、力を削ぐ為に重税が課せられておるのですが、近年は少々やりすぎた感があります。」

「現地の情報を探っておる間者が行方知れずになっておるのだ。最新の情報に疎い事は認めざるを得んな。」

「現地で大和本土への印象が地に落ちております故、今からでも減税などの対策をすべきでしょうが、最早それだけでは中央の印象の悪さは改善されないでしょう。長期的に腰を据えて取り組む必要があると考えております。」

「ある程度の恨みは覚悟のうえだが、今はそこまで悪化しておるのか。」

「一時的な減税だけでは不十分です。いつ反乱が起こってもおかしく無い状況でもある故、他に何らかの手を打たねば大事になりまするぞ。」

「喫緊の対応が必要じゃな。難儀な事よ。」


 さあ、ここからが正念場だ。


「そこで提案があるのですが……。」


 会談からひと月程後、代官が大島に姿を見せる。大島の代官に挨拶と業務連絡をし、小島へ向かう連絡船に乗り込んだ。その甲板上で彼を見かけた既知の商人が、珍しさに思わず声を掛けたと日記に記している。


「おや? 小島代官殿ではありませぬか。こんなところで何をしておいでです?」

「野暮用で帝都に足を運んでおったのじゃが、無事に務め終わった故、小島に戻る途中じゃて。」

「自ら直接お出でとは、野暮用とおっしゃるが重要なものだったのでは?」

「詳しくは言えぬが、肩の荷が下りてほっとしておるよ。」


 もはや人目を忍ぶ必要もない。帰ったら忙しい日常が待っているだろうが、それまでは自由な旅路である。ゆるりと土産物屋でも覗きつつ、羽を伸ばすつもりだ。


 そんな小島代官と対照的なのが、先日に彼の訪問を受けた大島代官である。


「うむむ……、これは荒れるな。」


 小島代官よりの報告によれば、今回の盗賊に奪われた金品物資の穴埋めは、大島側が全て負担すべしとの決定だという。


 今後の自治領管理の方針は、重税から分裂工作への指針変更を彼から伝えられ、大島代官は苦虫を噛み潰したような顔になった。


 おそらくその狙いは功を奏するだろう。皆が同じ様に貧しいのなら、団結し困難に立ち向かえるだろうが、同じ貧しさの中でも明らかな差別があり、自分が他者と比べ不当に扱われていると感じれば妬みが生まれる。


(まったく、何という事をしてくれたのだ。)


 現在の大島と小島間には、多少のすれ違いがあるのかもしれないが、今なら修復が容易たやすいはず。


 だが、それを利用して離間の計を用いるとは。自治領の力を抑える事だけを考慮すれば、これ以上の策は無いだろう。


 大島代官は大和の中央政権所属の役人ではあるが、大島に居を構え数年が経つ。現地の友人ができ愛着もある。普段から付き合いのある人達が苦しむかと思うと、心中穏やかで居られない。


 納税者と仲良くし過ぎては、税の徴収に手心を加えたり、賄賂が横行し易い為に気を付けるべきではあるが、代官といえど人間だ。


(あの男、どこまで民の事を考えておるのやら……。)


 新たな方針を得意げに語る小島代官の顔が脳裏に焼き付いている。よくもその様な顔が出来るものだと思う。


 個人であっても国であっても、互いの信頼を失うのは一瞬だが、一度壊れた関係を元に戻すのは非常に難しい。


 島一族も大和の民である。元々の彼らは大和半島の一豪族で、新たな土地に入植した開拓者の子孫が島一族だ。その行動力を受け継ぐ彼らは直情的な面もあるが、一度気を許せば裏表のない付き合いが出来た。


 大島代官はそんな彼らを気に入っていたのである。離間の計が成功すれば、住みづらい世の中になるのは間違いないだろう。


 小島代官の望みは悠々自適な田舎暮らしと聞いたが、彼が先日見せた笑みに醜悪なものを感じとり、何とも言えぬ嫌な気持ちになったのが忘れられない。


(所詮、我ら役人は上に従うだけではあるのだが……。)


 悠々自適に似合わぬ、邪悪さに満ちた笑みに思えてしかたがなかった。

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