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輪廻の果てへ  作者: 葉和戸 加太
四章 モラトリアム ― 実験開始前 ―
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178 天災と人災

 重税で島の生活は苦しかった。


 確かに冷夏で作物が不作だったのは痛手だ。だが、それ以上に問題だったのは、飢饉への備えに余裕が無かった事にある。


 今回の飢饉は明らかに人災だ。


 彼らの食料事情は、農業と漁業の二本柱である。農作物が多少減ったところで、その分を漁業で埋める事が出来るはずだった。


 しかし、農作物と同じく漁業の水揚げ量も減少していたのである。


 冷夏は天災であり、人間が気候変動を引き起こした訳では無いが、不漁は人為的なものだった。


 不漁の原因は、中央政府の施策によって起きたとの説が有力である。


 当時の大島と小島の両住民たちは大型船建造が禁じられていた。軍事転用されるのを恐れられたからだ。漁に小舟しか使えなければ外洋に出る事が出来ず、近海で細々と活動するしかない。船の積載量も少ないので効率も悪い。


 水産物の取扱量が減少して価格も上がった。苦しむのは常に弱者である庶民だ。


 食料を買えなくなった住民の一部は、木の皮や草の根を齧り飢えをしのぐ者たちが出始めたと聞く。


 本来なら、領主が価格調整や施しといった施策をすべきだが、重税の為に余裕が無い。役人への賃金支払いも滞り始めていた。


 中央政権へ支援を請うべき時ではあるが、互いの連携が上手く取れていなかった事が致命的であった。


「殿、今は日頃の恨みを忘れ、中央へ頭を下げる時ではないでしょうか。このままでは冬を越せぬ民も出るかと思われます。」

「うむ、ただ問題は申し出を受け入れてくれるかと言う事。それに加え、見返りをどこまで求められるかじゃな。」


 現代の感覚ではあり得ない。いざと言う時に助けが無いのなら、いったい何の為に税を払っているのだ。これは国の根幹に関わる問題だ。国の在り方が揺らぎ始めていた。


 ともかく、当時の中央と島一族の関係は最悪だ。中央は密かに間者を忍ばせていたが、間者の生還率は低く、多くの者は行方知れずとなっており、信頼できる情報が取れていなかった。


 事ここに至っては、お互いが疑心暗鬼に陥り、誰も信用できない。


 中央の判断では、作物の収穫が落ちている情報を掴んでいたが、それは大災害と呼ぶ程では無かった。収穫量が多少落ちたとはいえ、それが飢餓に繋がるとは思えなかったのが、今回の支援に二の足を踏んだ理由であった。


 だが実際は、重税と漁船の基準を変更した事で、通常の生活がギリギリの状態に追い込まれていた。そこへ農作物の不作がトドメを刺したのである。


「これ以上の負担を押し付けられたら生きてゆけぬ。」


 小島領民の忍耐が限界を超える。


 とはいえ、一揆という最終手段の前に、やるべき手は打ってあった。通常の税に加算された今回の負担分の支払いを拒否したのである。これは周到な準備のうえで実行に移された。


 大島と小島には、中央から派遣された代官が各一名駐留している。小島の領主は支払い拒否を宣言する前に彼と面談を行っている。


 代官は公的に派遣された役人であり、流石の島一族もそのような人物を闇に葬るほど短絡的では無い。だが、代官の立場からすれば、受けるプレッシャーは並大抵では無かった。


 間者は中央の組織から送り込まれたものであり、代官とは直接的な接触は無い。もしも代官が間者を使うと知られれば、警戒され通常の業務に支障が出るだろう。屁理屈とも言えるが、言い逃れの余地はある。


 代官は間者の動きを直接把握してはいないが、噂程度で耳にする事はあった。


 大和半島から来る商人達は代官の館を訪れ、持ち寄った情報を交換するのが通例になっていた。現代で言えば、大使館や商工会と言ったものだろうか。


「先日に度座衛門どざえもんとなった大和商人ですが、間者であったと聞きましたよ。」

「ワシの耳にも入ったが真実は分からぬ。こっちに何の知らせも無いからのう。」

「下手に知ってしまっては、御身が危険に晒されるのでは?」

「まったくだ。ただでさえ税の取り立てで恨まれておるんじゃ。間者の事まで責任を取らされては敵わん。知らぬ存ぜぬで通すのみよ。実際に知らんのじゃから。」


 そんな代官のもとへ、小島領主からの使者が現れた。


「明後日、大事なお話がしたく候。」


 それは中央へ納める税についての相談であるらしく、彼らの表情からは、何やら腹を括ったような意思が感じられる。


(よもや、ワシを血祭りにする心算ではあるまいな。)


「代官殿。此度の賊騒ぎの御沙汰、我ら承諾出来かねまする。」

「お気持ちはわかりますが、私には口をはさむ権限がありませぬ。」


 無事に会談を終える事が出来るのか。背に一筋の冷たい汗が流れるのを感じた。

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