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輪廻の果てへ  作者: 葉和戸 加太
四章 モラトリアム ― 実験開始前 ―
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177 義賊 鼠小僧

 島一族には重税が課せられていた。


 島一族の領地は大和本土からは遠隔地であった為に直轄支配が難しく、ある程度の自治が許されていた事に加え、彼らの軍事力が高く評価されていた為に、反乱を恐れられたからである。


 重税で軍事費に使える余裕を奪えば良いという考えだ。当然、中央に対し反発が生まれたが、いくら勇猛を誇る島一族とはいえ、単独で中央に抗う力は無い。苦しい懐事情を何とかやり繰りして凌いでいた。


 だが、その我慢にも限界が訪れる。特に庶民の生活が苦しい。


「今の蓄えでは冬が越せねぇ。こうなれば何処かの蔵でも押し入るしかなか。」

「一揆は重罪じゃ。首謀者は死罪になっど。」

「今年は冷夏で作物が不作なうえに、狩りの獲物が少なか。何もせんな飢えて死ぬだけじゃ。こんまま死を待つよりは……。」


 不穏な気配を察した庄屋が皆に声を掛ける。


「暫し待つんじゃ、早まっでなか。」

「じゃっどん庄屋様、何か手はあるのでしょうか。」

「うむ、有るには有る。じゃで今は動くでなか。」

「じゃっどん、ワシらん体力も限界に……。」

「じゃっどんじゃっどんと気持ちは分かる。じゃっどん、後少しだけ耐えてはくれんか。冬の前には何とかしたいと思っちょる。」


 それから暫く後、港の倉庫へ賊が押し入り、中央政府へ納める金品物資が奪われたとの一報が世間を駆け巡った。空になった倉庫跡には【鼠】と大きく一文字だけ書かれた手紙が残されていた。


 後日、飢えに苦しむ村々の広場に大量の食料が置かれており、そこにもまた、【鼠】と一文字だけ書かれた立札があったと伝えられている。


 その犯人は鼠小僧と呼ばれ、義賊の代名詞として後世に名を残した。


 鼠小僧の正体は、食い詰めた武家の次男坊や三男坊達が主な構成員であり、義憤からの行動であったが、自分達が生きる為でもあった。庄屋の一部もこれに加担したという。


「長男以外は家を継げず、ろくな仕事も無か。家ではタダ飯食らいの鼠じゃ言われちょるわ。」

「鼠には鼠ん意地がある事を見せてくれようぞ。」


 家族が役人だ。物資の運搬計画を知ろうと思えば知れる立場にあった。奪われた物資が中央政権への納入待ち分だったのは、彼らなりの配慮である。


「やってやったぞ!」

「金品は貰うが食料は施す。我らだけで食いきれぬからのう。お陰で義賊じゃとの噂で鼻が高いわ。」

「ふむ、急に金回りが良くなれば疑われるかもしれぬな。当座は隠し場所に封印しちょくんはどうじゃろう。」

「そいが良か。ほとぼりが冷めた頃に取り出すとしよう。」


 奪われた財宝の行方が不確かな為、埋蔵金伝説がまことしやかに語られている。


 義賊に埋蔵金と、物語としては面白いかもしれないが、その行いを大局的に判断すると、大衆人気とは裏腹に歴史家からの評価は非常に低い。


「貧しい人に寄付しとるやん。少なくとも、そこは評価せなあかんとちゃう?」



 では、彼らの問題点を洗い出してみよう。



1. 奪った物資は中央政権への納入分だったが、それがどうしたと言うのか。


「中央へ納めるべき金品が奪われてしもうた。」

「その責任は物資を奪われたお主らにある。賊に奪われたとはいえ免責する訳にはいくまい。」


 無理やり現代で例えてみよう。



(問)


 納税者が税金を国に納める為、銀行を通じて支払いをしましたが、

銀行はそのお金を強盗に奪われてしまいました。


 銀行は預かった税金を国に納める責任があります。今回のケースでは、

その責任を免れる事が出来るでしょうか?



 これが許されるならやりたい放題だ。汚職が蔓延るのが目に見えてる。


 島一族に自治権があるのは、中央政権に税を納めているからである。奪われた分は負債となり、今後の財政に重くのしかかる事になった。


2. 良かれと思った施しが、平等では無かった事。


 島一族の領地は大島と小島に分かれている。それぞれの地域から徴収された物資はひとつに纏められ、港の倉庫に保管されていた。その倉庫からごっそり奪われたのである。


 民に施しがあったのは大島の地域に限られていた。鼠小僧事件は大島の出身者が計画したもので、小島までの輸送手段に伝手が無かったのが最大の理由だった。


 小島の住民にはたまったものでは無い。税を払った事は間違い無いが、地方政府がそれを奪われてしまい、不足分を穴埋めできる余力は無い。結果的には、更なる増税が行われる事だろう。


 大島領民は施しという一時的な恩恵を受けた。だが、小島には何が残った?


 多額の負債だけだ。


 そもそも、警備を怠った大島の連中が全ての責任を負うべきだとの思いが燻る。その結果、顔を合わせれば憎まれ口を叩く程に関係が悪化してしまう。


 実行犯たちは義賊と洒落込んだつもりかもしれないが、この事が引き金になり、最悪の事態へ突入してゆくのだった。

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