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輪廻の果てへ  作者: 葉和戸 加太
四章 モラトリアム ― 実験開始前 ―
175/305

175 勝敗を分けたもの

 パシッという音が響き、手に衝撃が伝わった。


 試合を見守っていた他の道場生の中から、おおぉ~と感嘆の声が聞こえてくる。残身でアピールしながら審判を務める柳師範の判断を待つ。


 ホームタウン・ディシジョンは無いと信じたい。固唾をのんで見守っていると、師範が良く通る声で裁定を下した。


「胴あり、一本!」


 よしっ!


 やり遂げた達成感や、これで終わったという安堵感などの感情が心の底から沸き起こり、飛び跳ねた気持ちを辛うじて抑え、冷静を装い礼を交わして自陣へ戻る。


「おはん、やりよったのう。」

「まっこと、たいしたもんじゃ。」


 仲間から手荒い祝福を受ける。うれしいけど痛いわ。強く叩き過ぎやろ。最後に団体戦の勝ち名乗りを受け全てが終わった。


 後は自顕流道場へ報告してから家に帰るだけやなと考えていたら、タケを含めた自在流の子らがこちらへ近づいてきた。


「お疲れ、今日は来てくれてありがとう。」

「こちらこそ、貴重な体験やったわ。」

「稽古がんばったんだな。前より動きにキレがあったぞ。」

「出来るだけの事はやってきた心算やからね。」


 自分の負けを認め対戦相手を称賛できるのは立派だと思う。タケは根の悪いヤツでは無いが、友人として付き合うようになり見えてきた部分もある。


 彼は自分が認めた者に対しては素直になれるが、自分より下だと思っている者に対して態度が変わる時がある。とても微妙な変化で、注意をしないと気が付かない程度のものではあるが、傍で見てると良く分かる。


 こういう心の機微は、分からんヤツは分からんが、分かるヤツには分かるのよ。本人ですら気付かない程なので、これは演技では無く、本心から出とるんやなあと感じられてしまい、より残念に思う。


 お前さ、それを露骨にやり過ぎると命取りになりかねんぞ。古来より人間関係が原因で命を落とした例なんて、吐いて捨てるほどある。


 自分より弱い者に威張り散らすのは、三国志で言えば張飛タイプだ。彼は目上の者には敬意を表すが、配下の扱いはひどく乱暴で、最後は鞭打ちに処した部下から寝首を掻かれたと言われる。


 物語の登場人物として非常に魅力的な豪傑だが、こんなんが自分の身近にいたら迷惑極まりないぜ。外から眺めればエンターテイメントだが、それが現実の我が身に降りかかれば悲劇でしかない。


 ついでと言ってはなんだが、張飛とは真逆の関羽についても述べておこう。


 関羽は民衆から人気が高く、神格化され関帝として祭られている。乱世で忠誠を貫いた彼は、後世の為政者からの評価も高い。


 そんなストイックで仁義を重んじる関羽に至っても、人間関係のもつれが彼の死に深く関わっている。


 彼は張飛とは対照的に、部下に対して優しく同僚と上司には傲慢な態度だったという。弱きを助け強きを挫く漢、それが関羽である。任侠道ですな。


 関羽はストイック過ぎて協調性に欠ける面があったらしい。自分を厳しく律するのと同じように、他人に対しても同じ厳しさを求めたのだろうか。


 だけどねえ、皆が関羽の様なスーパーマンじゃあねえのよ。


 世の中には様々な人間が居て、考え方や能力もバラバラだ。同じ社会で暮らしていれば衝突もするだろう。そんな時、他人の言葉に耳を貸さず、自分の意見を押し付けるだけでは反発も出ようもの。いくら俺が正しいと思っても、言い方ってもんがあると思うわ。


 同僚からの反感を買った関羽は、必要な時に援軍を送ってもらえないばかりに、息子ともども敵に捕らえられ、命を落とす羽目になった。


 コミュニケーションって大事だ。今回の勝因は仲間のサポートがあってこそだ。タケも人の気持ちを大事にせんと、敵を増やす事になるぞ。


 ま、今後の成長に期待やね。


「自顕流の皆が稽古を手伝ってくれたお陰かな。」


 良い子ちゃんの決まり文句のような台詞だが、間違っちゃあおらんとは思うね。それに周りに協力を仰ぎ、自分が集中できる環境を作れるのも実力の内だ。


 さて、僕がタケに勝てた理由は、周りのサポート以外にも重要な要因がある。


「あのさ、それちょっと見せてもらっても良い?」

「ええよ。」


 一人の子が僕の持っている竹刀が気になったらしく、声をかけてきた。


 気付いたかな?


「…… 短い。」


 勝つ確率を上げる為に己の実力を磨くのは当然だが、念には念を入れて、竹刀に細工を施した訳やな。反則にならないのは事前に確認済みだ。


 通常、リーチの長さはアドバンテージだ。武道において射程距離の違いを埋めるのは余程の実力差が求められる。今回はその逆をやっとる訳やからね。


 剣道三倍段と言われるように、素手の格闘家が剣術家に勝負を挑むのは自殺行為に等しい。戦争の歴史を振り返ってみれば、軍隊に革新をもたらしたものは、より遠くから敵を攻撃できる工夫であった。


 古くは長槍や長弓が登場して、戦争の歴史に大きな影響を与えた。戦闘における射程距離の差は、決定的と言って良い程の差なのである。


 だが、今回の僕はあえて距離を捨て、速さのみを追求した。


 もともと接近戦しか勝ち目が無かったから、それ以外の距離は捨てとったんや。そんなら武器も超接近戦に特化した形にすべきだと思い、小回りが利いて振り回しやすく改造したのが今回使った竹刀だ。


 イチかバチかの賭けで、ネタバレすれば二回目からは通用せんやろ。失敗したら後が無い背水の陣やった。


 そのお陰で、前へ出るしか選択肢が無いと割り切れたんやけどね。


 やれやれだぜ。

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