174 大将戦
ついに大将戦が始まる。
団体戦の勝敗は付いたが消化試合とは言えない雰囲気だ。相手からすれば三連敗は避けたい。しかもホームゲームだ。何が何でも一勝が欲しいだろう。
本気の相手に全力でぶつかれる。彼らの気迫が伝わって身が引き締まる思いだ。これが武者震いってやつか。
僕と敵大将のタケが互いに歩み寄り、試合開始前の礼を交わす。
うーん、やっぱ僕より身体がデカいな。これは面が届き難いかもしれん。互いに身長は伸びたと思うが、去年からの身長差に大きな違いは無い気がする。
って事は、前回からどっちが純粋な剣の腕前を磨いたかの勝負っちゅう事やな。
今までの頑張りを証明するまたとない機会だ。それに、大将戦はやっぱりデカいんだよ。たとえ団体戦で勝とうが大将で負けると、試合で勝ったが勝負に負けたというイメージが否めない。
さあ、あれこれ考えるのはここ迄だ。いざ決戦の場面となっても、アレが足りんコレも足りんと不安でいっぱいだが、もう開き直るしかねえ。後は手持ちのカードを効果的に使うだけ。
審判が今にも開始の号令を掛けそうだ。
右手を前、左手後ろのオーソドックスな正眼の構えで相対する。僕はサウスポーだが、剣術では基本を崩さず標準的な構えを選択した。
日本の剣道ではサウスポーという構えは無いらしく、利き腕がどちらでも右手前で構えるように指導されるという。理由は知らん。
理由は知らんが納得は出来る。
剣を逆に持つとなれば、腰に差す位置も左右逆になるのが自然だ。そうなれば、侍同士が道ですれ違う時に、鞘当てが発生する可能性が高まるだろう。
鞘当てとは刀と刀がぶつかる事で、無礼な行為とみなされる。現代で言うなら、盛り場で肩が触れるみたいなものだろうか。
「てめぇ、何ぶつかっとんじゃコラ!」
「何がコラじゃコラ! バカ野郎!」
「何コラ! タココラ!」
お互いに刀を持っているのだ。命の遣り取りに発展する事もあるだろう。持ち手を統一したのは、それを避ける為のルールであったとは考えられないだろうか。
この世界においても日本と同じく、竹刀は右手前で持てと指導された。僕は平民ではあるが、将来どうなるか分からん。素直に言われた事を守るのが無難やね。
車で例えれば、現代日本は左側通行が基本だ。それが気に食わんからといって、反対車線を走るのは馬鹿のやる事だ。従うべきは従わなあかん。
イキって暴走するほど命知らずじゃあ無い。もしも、武士に鞘当てをする事が、斬り捨てられる程の侮辱行為だとすると、そのリスクは最大限避けるべきだ。
そんな訳で、僕の構えはオーソドックスなのである。
この様に使えなかったアイデアもあるが、出来る限りの準備はしてきとんのよ。後は行動あるのみ、いつでも来いっ!
「始めっ!」
号令と共にタケに向かい突進する。
前回はキレイな試合をしようと思い、身の程知らずにもカウンターの取り合いを挑んだ結果、見事にやられた。安いプライドや虚栄心は要らん。カッコ付けて勝てる相手じゃねえ。
剣を交えて切り結ぶような高等技術は持って無い。持って無ければ、それが必要となる局面を避けるべし。長期戦でテクニックの勝負になれば負ける。原点回帰の速攻による超接近戦だぜ。
タケは初太刀の打ち込みを警戒していたようで、剣を引いて防御の体制をとったようだが、引かば押せ、押さばブチかませの自顕流である。敵がどんな手段で来ようとも、己のスタイルを貫き通すのみだ。
喧嘩になりかけてから、懐へ潜り込みを躊躇していたといったが、今の僕はこの道しかないと思い直し、仲間に協力を仰いだ。普段の稽古では喧嘩にならぬよう、始めに宣言してから接近戦を仕掛けるようにしていた。
「今日は何時ものあれ宜しく。」
「おう。また跳ね返してやっわ。」
事前に申し合わせをしとけば喧嘩になり難い。コミュニケーションは大事やね。自顕流初太刀の圧力を躱しながら身に付けた突進力だ。そのお陰か、難なくタケの懐へ潜り込む事が出来た。
僕は下段から切り上げる形、タケはそれを上から抑え込む形で鍔迫り合いの体勢に入る。体重を乗せたブチかましだったが、やっぱり体重差がデカいわ。前へ出る勢いを完全に殺されてしまった。
だがな、そんくらい想定済みだ。舐めんじゃねえ!
圧力を逃がす為、少し腰を落として力を下に逃がし一旦仕切り直した後、再び剣に力を籠める。今度は押し込み合いの力比べでは無く、タケの体を弾き飛ばすように、一気に力を爆発させる。
剣道でも柔道でも無く、相撲のぶちかましに近い。全力を込めた互いの体が衝突し後方に弾ける。
弾けた結果、二人の間に距離が生まれた。それは剣を振るうのに必要な最低限の距離。僕の狙いはまさにこの間合いだ。この一瞬に全てを賭ける。長期戦になればなる程、僕の勝ちは遠のくだろう。
今、ここで決めるしかない。
だが、僕の剣が届くと言う事は、タケの剣が届く距離でもある。さあ、どちらが速いか勝負しようぜ。
僕が下段に構えたのは彼の面打ちを誘う為だ。タケは面を得意としている。目の前にエサがあれば食い付くはず。
思惑通りタケが面を打とうとする動作を感じ取り、僕は胴を薙ぎにいく。面と胴の打ち合い。奇しくもタケと始めて試合をした時と同じ構図である。
否、奇しくもじゃあ無い。面と胴の打ち合いまで再現されると思わなかったが、始めからこの形になるように狙ってたんよ。それは純粋な剣の速さ比べ。
残念ながら剣の総合力という面では、タケに敵うはずもない。狙うは一点突破。己の弱さを認めたうえで、何が出来るか工夫した結果がこれだぜ。
トータルで勝つ必要は無い。ただ一点だけ上回ればそれで良い。そして得意分野で勝負できる環境が整えば、強者を倒し得る。
今この一瞬が唯一無二の勝機。
頭で考え、体に覚えさせた動きで、反射の如く無心で剣が伸びた。