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輪廻の果てへ  作者: 葉和戸 加太
四章 モラトリアム ― 実験開始前 ―
171/305

171 天地自在流 対 自顕一刀流

 試合をする順番通りに並び、お互いの先頭が前に進み出る。僕らの順番を見た時に騒めきが起こった。


 そりゃ驚くわな。


 一番弱いヤツが大将とはどういう事だ? 


 聞き耳を立てていると僕らの順番の意味に気が付く者がいたようで、その意図を説明する声が聞こえてきた。小細工を弄するとは自顕流卑怯なりって言っとるヤツもおるみたいやな。


 相手の闘志に火を付けちまったかもしれん。馬と人間を同列に考えたら大間違いだ。何が最善の一手となるかは、局面によって変化する。様々な要因が頭に入っていなければ、自ら墓穴を掘る事になるだけだ。


 奇策により敵の飛車角は封じたが、こちらの心理的デメリットもある。


 先鋒の二人は必ず勝たなくてはならない。己の負けはチームの負けを意味する。勝敗が大将戦に持ち越された時点で負けが確定するからだ。受けるプレッシャーは軽く無いだろう。


 策に溺れて自滅するなど、笑い話にもならへん。


 そのプレッシャーをチェストの気合で吹き飛ばす迄が今回の作戦の肝で、まさに背水の陣だ。


 全て他人任せで情けないって?


 それは自分自身が一番分かってるさ。


 だからこそ少しでも表舞台に立てるよう、今まで努力してきたんだ。結果に結びつくかは分からないが、何らかの傷跡は残して帰りたいと思う。


「両者前へ。」


「よし、行ってくるわ。」

「おう。」

「頑張れ。」


 ワカが前へと歩み出る。


 彼が先陣を切るのは実力が秀でている為だが、落ち着いた安定感を持つからでもある。最もプレッシャーのかかる順番だが、彼ならやってくれると思わせる雰囲気がある。


 それは生まれ持ったものなのか、それとも期待される家柄に生まれ、環境が彼をその様に作り上げたのか。どちらにせよ、周りを引っ張る求心力がある。


 末恐ろしい若様だぜ。


 難を言えば、少し大雑把なところが玉に瑕だが、それは美徳と呼ぶ事も出来る。ケースバイケースで短所ではあるが、長所にも成り得る。


 ともかく、彼で負けたのなら後悔は無い。そんな男の試合が始まった。


 さて、いつぞやの未来は変えられない説に従えば、既に勝負は戦いの前に決している。勝敗予想が外れるのは、人の能力では結果を完璧に予測できないだけ。


 世の全ては予定調和でしかない。


 そんな説を体現するかのように、大物然とした足取りで中央へ向かう。


 それに比べ、対戦相手に動揺を感じられると思ったのは贔屓目だろうか。


「始めっ!」


 両者、正眼に剣を合わせたかと思うや否や、奇声が耳をつんざく。


「キエェーッ!」


 自顕流必殺の初太刀が繰り出され、竹刀の面を打つ音が道場に響き渡った。


 相手の剣士は思わぬ強敵を目前に戸惑いを隠しきれない。そこに猿叫が追い打ちをかけ傷口を広げる。その僅かな隙を逃さず、電光石火の一太刀だ。想定外の波乱が起きる余地は無かった。


 こりゃ気迫勝ちやな。


「お見事!」

「流石の一言や。」

「いやあ、こっちも必死で心臓バクバクよ。」


 プレッシャーを感じながらも、勝つべき時に勝ち切る心の強さは並の精神力では無い。対戦相手もそれなりの実力者のはずだが、恐れ入ったぜ。


「よし、次が勝負の分かれ目だね。この勢いに乗るとすっか。」

「余計な事は考えんでええぞ。これは僕が考えた作戦なんや。君らには無茶ぶりして申し訳ない。負けたら作戦が悪かったって事にしといてくれ。」


 ワカも息を整えながら声をかける。


「今こそチェストだ。お前ならやれる。」


 すると気分が乗ってきたのか、ゴンが芝居がかった台詞を言い放つ。


「時は来た! それだけだ。」


 ゴンと友人になった時、始めは彼を思慮深い性格だと感じたが、付き合いが深まるにつれ、その考えに変化があった。彼はどちらかと言うと、考えるより前に手が動く傾向にあると気付かされた。


 北関市に来る前は帝都で生活をしていたらしいが、そこで面倒くさい連中と付き合わざるを得なかった結果、その思慮深さが備わったらしい。


 よく考えてから行動するのは決して悪い事では無い。むしろ褒められるべきものである。だが、考え過ぎて足が鈍る弊害もある。


 今回で気を配ったのは、やるべき事を明確にして納得してもらう事。迷いが無くなれば生来の大胆さが顔を出し、存分に力を発揮してくれるはずだ。


 中堅の両者が中央で顔を合わせる。剣を構える選手に対して、激励と助言の声が飛び交った。


「初太刀だっ! 初太刀に気を付けろっ!」


 先鋒戦を見て自顕流の対抗策を思い出したらしい。その言葉に呼応するように、ワカが声を上げる。


「ゴン、師範の言葉を思い出せっ!」


 そういや無二斎師範が言うとった。他流派のスタイルを取り入れるのは良いが、基礎が出来てないのに色々なものに手を出すと、混乱して迷いが生まれる。学んだが故に弱くなる場合もあるのだと。


 前へ進むには、これまで積み上げたものを、あえて捨てねばならぬ時もあるが、お前達には未だ早いと言われた。


 実は、その言葉を聞く前は少し悩んでいた。それは試合になった時、勝ちにいくべきか、それとも勝負は度外視し、負けても良いから自在流の技を盗むと言う選択をするかである。


 師範の言う様に、半端者が形の上っ面だけ真似ても意味が無い。考えた末、今回は勝ちに拘ると決めた。その為には、如何に自分達の土俵で戦えるかだ。


 他の二人とも相談して意識は共有してある。今回は自顕流が得意とする短期決戦でゴリ押す。



 【作戦名】 押して駄目ならもっと押せ



 もっとも、他の二人はいざ知らず、僕はこれ以外に出来る事は無いんよね。相手に合わせて変化できるほどの引き出しを持ってへんわ。


 自分に出来る事をやるだけとは言うが、出来る事が少な過ぎて迷う事すら出来んのが正直なトコロである。


 そんな僕に比べ、ゴンは選択肢がある故に迷いも生まれる。僕からすれば贅沢な悩みだが、彼が大きく羽ばたく為には、乗り越えるべき壁なのだろう。

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