170 王道と邪道
始めに目的あり。
何の為に剣を振るうか。目的が違えば手段も変わる。自顕流と自在流は同じ剣術と言えど、想定する局面に違いがある。
自顕流の目的は戦場で使う為だが、自在流は剣士同士の闘いに主眼を置く剣術。一対一の試合形式では無類の強さを誇り、論理的な考えが特徴とされる。自在流の徹底して理論を重視する様は詰将棋に例えられる。
そんな最強を謳われる自在流に食らいつく自顕流は、無理が通れば道理が引っ込む的な脳筋と思われがちだが、決して論理的思考を放棄している訳ではない。
疑心暗鬼や恐怖心に囚われ身動きが取れなくなるくらいなら、あえて狂気に走り活路を見出す。自顕流のチェストは、アドレナリンを操る為の技術と言える。
目に見えない精神コントロールも技術のうちだ。
さて、目に見える具体的な剣の技に話を移せば、自在流は四十八手の型を持つ。
その型に存在する二連撃を飛燕、三連撃を紫電と呼び、達人となれば、これらを自在に組み合わせ切れ目の無い攻撃を繰り出せると言われる。
さすがに詳しい型の内容までは教えてもらえなかった。他流がそこまで望むのは無理なのかもしれんが、なんとか一手くらいは盗んで帰りたいもんだ。
ただし、連撃をする為のヒントは貰えた。リズムよく強弱を使いこなすのが大事だと助言を受けた。
自在流ではフェイントや力を抜いた攻撃を地撃、渾身の力を込めた一振りを天撃と呼び、これらを自在に使いこなす事から、流派の名が天地自在流と名乗るようになったとの事だ。
名は体を表す。
一方で自顕流も似た考えは持っており、天地では無く陰と陽を用いて説明する。曰く、陰の太刀と陽の太刀。ただ、陽を重視する傾向にあると説明するのは今さらだろうか。
座学での学びはここまでだ。次はいよいよ試合が始まる。百聞は一見に如かず。後は剣で語り合おうぞってトコやね。
「さて、どげんしよか。」
必要な事を決めようぜと、ゴンが話を切り出す。三本勝負の試合とは、個人戦ではなく団体戦でとの事で、二本先取して勝ちとなる。
とりあえずは試合の順番決めだ。
僕らの強さの順は、一番強いのがワカ、次にゴン。そこからかなり離されて僕がいるといった感じ。ワカとゴンの間にそれほど差は無いと思うが、団体戦では僕が穴となっている事実は否定できない。
くやしいが、これが客観的な戦力分析だ。
実は、これを踏まえて事前に相談してある。手合わせをする可能性が高いと思われたからである。
3人で相談した結果、二案まで絞り、どちらを採用するかは成り行きに任せる事に決めていた。
・パターン1 正攻法で全勝狙い。
味方 相手
【先鋒】ゴン 中 …… 中
【中堅】ハル 弱 …… 弱
【大将】ワカ 強 …… 強
大将に最強を配置。先勝して流れを掴む為、次点の実力者を先鋒に持ってくる。
・パターン2 あえて一敗を覚悟し、残りの勝を確実に拾う。
味方 相手
【先鋒】ワカ 強 …… 中
【中堅】ゴン 中 …… 弱
【大将】ハル 弱 …… 強
敵の大将に最弱を当て、他で勝利する。これぞ孫子の兵法なり。孫子では競馬の勝負で使われた作戦だが、それを応用した形だ。
さあ、どっちを選ぶ?
「おそらく相手は正攻法で来ると思う。奇策が成功する可能性は高いかもしれん。けど、完璧って訳じゃあ無いと思うわ。」
「と言うと?」
この奇策を提案したのは僕なのだが、問題もある戦法だと告白する。
「第一に、捨て大将でくるなんて姑息やと思われんかって事かな。」
相手は同じ学校の子たちも多い。教室の組は違えど、ある程度の情報は入ってくる。勿論、僕が一番のザコだとは知られてるはずだ。
「うぬ、勝つ為に手段を選ばぬとは、武士の風上にも置けぬ奴らめ。」
こーならへんのかな。
僕は武士ですら無いから、屁のツッパリは要らんですよって感じなのだが、相手からは逃げたと思われる可能性がある。武士の君らはそれで良しと出来んのか?
ワカがその問いに答え、ゴンがそれを補足する。
「そこは勝ってから考えればええ。死んだら後悔すら出来んぞ。」
「君らって、そーいうトコあるよね。」
「血族同士の争いが長かったのが、今の気質が生まれた原因だと聞くね。例え血が繋がってても、信用したら寝首を掻かれたってのも多かったらしいし。良うも悪うも刹那的な考えなんじゃ。」
「修羅の国やな。」
「そこまで乱れてたのは爺さま世代で、今は穏やかになったけど、当時の荒っぽさが残ってる気はするなあ。良くは知らんけど。」
そうなんか。その時代に生まれんで良かったね。
「まったくだ。ま、そげん訳で俺らは全く気にせんぞ。」
「ほんなら、王道には邪道で対抗しよか。」
生きてこそ。
純粋な剣の優劣の外で策を弄する。
僕らの剣は野良犬の剣だ。
礼節を知る余裕は未だ無い。