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輪廻の果てへ  作者: 葉和戸 加太
四章 モラトリアム ― 実験開始前 ―
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152 思わぬ招待

 正直に告白すれば、タケと関わらずに学校生活を送りたかったのだが、同じ教室になった以上それは無理な話だ。


 みんな仲良くが理想だが、相性が悪いヤツってのは必ず存在する。付き合わなければ良いとは言っても、同じ職場や取引先の担当だったりすると、ある程度の接触は避けて通れない。


 何か手を打たないと、ストレスが溜まってエラい事になりかねん。


 仮にこちらが歩み寄っても関係を改善できるのか分からんが、やる事はやったという意思は示せる。


「ベストは尽くした。これ以上、出来る事はねえ。」


 努力したという行為そのものが目的で結果は二の次、心に負い目を感じる事無く先へと進める。


 この方法が全てのケースに当てはまるとは思わない。そんなん必要ねーよと感じる時は、あえて近づく必要は無いだろう。


「あのさ、」

「なに?」

「一年時は何やかんやあったけど、まあ、今年は宜しく頼むわ。喧嘩売るつもりは無いし、買うつもりも無いからな。」

「………。」

「なんも無しか、まあええわ。ほんじゃ。」


 ちっ、こんなもんか。


 ガッカリ感を顔に出さないように努め、踵を返して自分の席へ戻ろうとした時、タケが絞りだすように声をかけてきた。


「ちょっと待った。」


 なんやねん。若干不機嫌になるのを感じながら、振り返ってタケを睨みつけた。憎まれ口を叩きたい心を必死に押さえつける。


 我ながら人間が出来とらんと実感するぜ。真魚さんトコ行って座禅でも組むか。精神面の修行ってのを真面目に考える時かもしれん。


「いや、あれは俺が悪かったよ。すまんかったな。」

「え、」

「喧嘩が師範にバレて凄い怒られたんだ。」

「そうなんや。」

「それでな、師範としても謝りたいから、一度連れてこいって言われてるんだ。」

「連れてこいって僕を?」

「そう。」

「謝る為に?」

「師として詫びを入れたいってさ。」


 なんやそれ。本気で言っとんのか?


「怒られたって何を怒られたん?」

「何って、今回の喧嘩についてな。」


 そんな曖昧な事を言われてもなあ。


 喧嘩に負けた事を怒られたのなら、勝つまでやったらんかいという意味にも取れる。だとしたら、道場へ行った途端に袋叩きにされるかもしれん。


「門弟の喧嘩に師匠が出てくるもんなんか?」

「ウチの道場は厳しいんだよ。喧嘩がバレてから、剣を握らせてもらえないんだ。説教が終わっても雑巾掛けしかやらせてもらえんのよ。」

「でもさ、それはそっちの問題やろ。そっちだけで何とかできんの?」


 クソ面倒くせえ。話しかけた事を少し後悔し始める。


 そもそも、謝る為に呼び付けるってなんなん? 詫びを入れに来るってのが礼儀ちゃうんかい。異世界文化ってのは良く分からんわ。


「正直に言うと、そんなん言われても信用できんわ。道場に入った途端ボッコボコにされそうな気がするんやけど。」

「いや、流石にそれは……。」

「逆の立場やったらどうよ。僕がお前をウチの道場に招待したら、なんか企んどるとか思わへん?」

「そうかもしれんなあ。」

「そやろ? そーいう事やで。」

「うーん。」

「始めに言ったみたいに去年は去年って事で、ここらでチャラにしとかへん?」

「チャラ?」

「そう、もう終わった事にしとこ。おっと、担任の先生が来たか、そんじゃ。」


 周りの様子を見ながら、話を切り上げ自分の席に戻った。


 今度の担任は穏やかそうなオバちゃん先生だ。始めに挨拶を済ませると、今度は皆で順番に自己紹介をしましょうと告げる。ま、定番の流れってトコか。


 こんな時、笑いを取れれば人気者になれるかもしれんが、かなりのハイリスクと言えるだろう。スベった場合を考えると冷や汗が出るわ。先ほどのタケとの会話で気が高ぶっている状態では、失敗するのが目に見えている。


 ここは無難に乗り切ろう。例えやらかしても突っ込んでフォローしてくれる友人がいれば救われるが、今は頼れるヤツが一人もおらん。友人の有難さを思い知らされるぜ。


 さて、特に面白くもない自己紹介を終えると新しい教科書が配られ、今日の学校は終了した。サッサと帰るとしよう。


 帰り支度をしていると、タケが話しかけてきた。


「気が向いたらで良いけど、ウチの道場に遊びに来ないか?」

「興味はあるけど、今んトコは遠慮しとく。」

「剣士として誓うが何も企んでない。気が変わるのを待ってるぞ。」


 しつこいな。剣士としてってなんやねん。


 武道家と道徳者はイコールじゃあない。宮本武蔵を見てみぃ。どこまで創作なんか知らんが、勝利の為なら子供すら斬り捨てる男やぞ。


 有名な巌流島の決闘だって、実際の佐々木小次郎は年寄りのお爺ちゃんで、島に隠れていた武蔵の弟子達が、寄ってたかって小次郎をぶっ殺したとする説があるくらいだ。


 スポーツで有名な言葉がある。



 「健全なる精神は健全なる身体に宿る。」



 コレ、本当の意味と違う誤用らしいですよ。


 スポーツマンが立派な精神を持ち合わせているというのは幻想に過ぎない。


 違うというならば、フィジカルエリートである力士が、かわいがりという虐めで亡くなってしまうニュースや、強豪とされる部活動で体罰が横行していたのをどう説明する?


 逆に、身体を鍛え元気が有り余っている分だけ質が悪い。


「いやあ、確かに理不尽やった。今じゃ許されん事くらい分かってまんがな。」

「そやけど、あれがあったからこそ、何があってもへこたれへん精神が出来たのも事実なんや。」


 ふーん。


 その強靭な精神があったからこそ、平気な顔で罪を犯して人を欺けるんやねえ。元スポーツ選手が犯罪者となるのは珍しい話でもない。


 ちったぁ、へこたれろや。


 へこたれ反省したうえで、立ち直ってくれ。


 スポーツは決して悪ではない。


 問題は身体を鍛えて力を得た結果、その力に溺れてはいかんっちゅう事だと思いますよ。


 周りの人間も悪いと思うわ。スポーツで名を馳せたが頭からっぽの脳筋を、都合よく躍らせるヤツがいるのだろう。世界的選手で巨万の富を手に入れながら、引退後に破産したと聞くと悲しくなるぜ。


 ちなみに先ほどの言葉だが、基になったのは古代ローマの詩人、ユウェナリスの詩集である。



  健やかな身体に健やかな魂が願われるべきである。   風刺詩集



 この詩集は、幸福になる為に必要なものを挙げているが、その中でも健康な身体と精神が特に大事だと述べているだけらしい。


 上記の誤用は、ナチス・ドイツのプロパガンダ等で広まったという。

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