117 北関市籠城戦1
天王山の勝利から数日が経過した。
味方の被害は皆無と言ってよい程の、圧倒的勝利を収めた事で、守備隊の士気はかつてないほど高まっていた。
「此度の戦、我らの圧勝じゃな。」
「火雨を使える条件がそろっていたのが決め手ですな。敵味方入り乱れた状態ですと、お味方にも被害が出る為に使えませぬ。本来なれば、敵が接近する前の牽制で使うか、攻城戦で使うのが効果的でしょう。」
海の民が敗れた最大の理由、それは新兵器の存在を知らなかった事だ。しかも、自ら山に陣を敷き、火雨から逃れる為の機動力を失ってしまった。
「後は、遅れて出発したはずの本隊がどう動くかだな。」
「新兵器を恐れ、退却してくれれば良いのですが、どう出ることやら。」
「暫くすれば、帝都からの援軍が到着する予定じゃ。兵力差は縮まるが、未だ劣勢だろう。今度は籠城し時間を稼ぐ。そして、島一族の到着を待ち、攻勢に転じるとしようぞ。」
「はっ 勝利までの布石が見えましたな。」
「今のうちに、住民の避難と食料の確保を徹底させよ。未だ収穫前の作物も、敵に荒らされる前に刈り取ってしまえ。矢の数量確認や、防壁の補強も怠るなよ。」
一方、北関市に進軍中の本隊に、先遣隊の敗北が伝えられた。
「文官野郎がやるじゃねえか。ただの頭でっかちでは無かったって事か。」
「頭、これからどうします?」
「逃げたいのか?」
「い、いや……。しかし、まごまごしてると、帝都からの援軍が到着しますぜ。」
「ふん。」
「そうなったら拙いんじゃありませんか?」
「それなら暫くは大丈夫だろう。」
「でも、先遣隊が北関市を攻めてから、それなりの日数が経ってますぜ。既に帝都から兵が出発していても、おかしくないと思いますが。」
「普通ならな。」
「何かありそうですね。」
「ああ、奴等、普通じゃねえのよ。」
海の民は海賊を生業としつつ、貿易商としての顔も併せ持っていた。金銀財宝を略奪しても、虚栄心や自己満足を味わう事は出来るが、生きるための腹を満たすことは出来ない。金は使えてこそ、その価値が出るのだから。
海の民一族は、軍事と商業に特化した、歪な構造をしていたのである。
どこの世界にも腐った輩は存在する。盗品と知りながら買い付ける者、人身売買に手を染める者達が主な顧客であった。
奇貨居くべし。 史記・呂不韋伝
これは現代に通用する商売人の基本だ。商品を安く仕入れ高値で売り、その差額が利益となる。珍しい品は手元に残し、値が上がるのを待てとの格言である。
その言葉通り、呂不韋という商人は、他国で人質生活を送っていた、秦国の公子異人に目を付け投資をする。後に王となった異人に取り立てられた呂不韋は、丞相にまで上り詰めた。王となった異人は荘襄王と呼ばれる事になる。荘襄王とは、かの有名な始皇帝の父である。
この言葉を実行しようとしたとき、必要となるものは何だろう。
奇貨に投資できる資本を持っている事。更には、決断力や実行力が求められると思うが、何より大事なものは情報だ。
情報を知らなければ行動は起こせない。また、情報が違っていたら、損失を出す可能性が非常に高くなる。正確な情報が絶対条件だ。
情報の入手も大事だが、どこまで信頼できるものなのか、慎重に判断しなければならない。
前世においても、発信される情報には、所謂フェイクニュースが交じっている時があった。若しくは、流す情報を恣意的に決定し、印象操作をするケースも珍しくない。情報を発信するマスメディアに対し、僕が始めて不信感を抱いたのは、日本で政権交代が起きた際、報道番組の姿勢を身を持って知った時であった。
衆参二院制を採用した日本の政治では、衆議院で多数を占めた政党が政権を運営する事になっている。平成の世において、長年の間、政権を担ってきた政党が選挙で敗北し、新たな政権が誕生した時があったが、その敗北の兆候は、衆議院選挙前に現れていた。
その兆しとは、衆議院選挙の前、参議院の選挙が行われたが、その選挙において、与党が敗北を喫していたのである。
その参議院選挙で選挙権があった僕は、何となくという理由により、とある野党に投票したが、その野党は選挙に大勝し、政権交代の現実味を感じさせた。
で、実際に投票した僕はどう感じたのか、正直に言う。
うわー、やっちまったなぁ。やべぇ。
自分で投票しといて、やべぇとは何事やねん。脳ミソ腐っとるんちゃうか?
返す言葉もない。
社会的な空気、雰囲気に釣られて投票したのだが、選挙結果を知ると、政権交代が現実に起きるかもしれないと感じられ、身体に戦慄が走ったのを覚えている。