107 実験の準備
色んな事に考えを巡らせてはみたが、幾らアイデアを出してもそれを実行できる力を身に付けなくては絵に描いた餅だ。
力とは魔力操作である。肉体改造に最低条件必要な細胞を操る木属性魔法の修得は出来ているので、木属性魔法の精度を高める方向で間違ってないと思うが、何が起こるか、やってみないと分からないトコロがある。
万全を期す為に、四大属性で未だ修得していない風属性を理解しておいたほうが良いと思っている。慎重には慎重を重ねていこう。
具体的な脳の強化に取り掛かる前に、やるべき事は3つ。
1. 風属性魔法を修得する
2. 動物実験で安全を確かめる
3. 覚悟を決める
こんなトコか。
先ずは風属性を修得し基礎の四大属性魔法を完成させる。魔力操作の基礎を底上げして地力を蓄える事。
次に実験をする必要がある。実験に使われる動物も、誰かの転生した姿かもしれない。被検体が可哀想だと思う気持ちもあるが、そこは割り切ると決めた。
この際ハッキリさせておこう。これは僕のエゴだ。そこは誤魔化さず向き合う。この技術は将来的に認知症、アルツハイマーの処置など人類の発展に資する可能性はあるが、実験をする動機の根本には、僕の純粋な好奇心がある。
マッドサイエンティストにならんよう、気を付けんといかんな。
犠牲とはいえ命を奪うつもりは無い。死ねば実験は失敗を意味する。人間で実験を行えば最適なデータが取れるだろうが、さすがに無理だ。有効なデータをと考えれば、高等生物たる哺乳類を被検体とすべきだろう。
身近にいる哺乳類といえば犬のタロウだが、彼を実験に使うのは良心が咎める。それをやっちゃあ、お終いよってヤツだ。
でもさ、仮に野良犬を使うとしても、それは誰かにとってのタロウ、大事な存在なのかもしれんのやぞ? ソコを分かっとるんか?
勿論それは十分に理解している。そりゃ本心では、こんな実験やりたくねえ。
……いや、違うな。
矛盾する思いが心の中にあるのは事実だが、それらを天秤にかけた結果、やる気になったからやるまでだ。行動が全て。何を言っても言い訳にしかならない。
命の軽重に差は無いと思っている。しかし、本音を言わせてもらうなら、差など無いが優先順位は明確に存在する。優先順位の決め手は自分との距離感である。
距離感とは自分との関係だ。野良犬が死んでもニュースにならないが、人が死ねばニュースになる。知らない人が死んだと聞いても冷静でいられるが、知人が死ねば心乱れる。
イエロー・モンキーという日本のロックバンドの曲で、こんな歌詞があった。
ニュースキャスターは言う。
「外国で飛行機が落ちました。日本人はいませんでした。」
これが日本の番組で、日本に住む人へ向けたメッセージなら、その言葉の選択は完全に正しい。友人が旅行や出張、若しくは、海外で生活しているのは珍しい時代ではない。知人がテロ等に巻き込まれたか心配するのは当然の事である。出来るなら被害者の名前を全て伝えられれば良いのだが、TV番組は時間が限られている。
詳細はウェブでご確認ください。
視聴者の多くが日本人と仮定し、最も効率の良い言葉を選ぶなら、それは日本人の安否を伝える情報に他ならない。もしも、このニュースがアメリカの番組なら、米国人の安否情報こそ最優先されるべきだ。当然といえば当然の話である。
この曲の歌詞には、さらに注目すべき内容がある。日本人が巻き込まれなかった事を、ニュースキャスターは嬉しそうに伝えるのである。
サイコパスか?
この曲を聞いた時、その挑発的なバンド名と相まって無視できないものを感じ、色々と考えさせられた事を覚えている。
普通に考えれば、大事故のニュースを嬉々として伝えるキャスターなどいない。作詞者は意図的にその言葉を選びメッセージとしたはずだ。そのようにした真意は不明だが、僕は表現者としての彼らは評価すべきだと感じた。
個人的な意見の違いはあるのだろうが、彼らの言葉は僕の心に届いた。表現者として共感を得る事も大事だろうが、意見の異なる者にも意思を伝え、何かしら考えさせる作品を作れる事こそ、芸術家としての実力なのではないだろうか。心地良さだけがアートではないと思う。
兎も角だ、良い悪いは別にして同じ人間ですら差はある。これを否定する人は、結婚式のご祝儀や葬式の香典も、金額を全て一律にしとるんやろな? 人を選んで金をケチったらあかんで。
では、人外に至ってはどうだ?
一寸の虫にも五分の魂と言うが、人と虫の死は同じなのか?
それを地で行くのがインド宗教のひとつ、ジャイナ教の教えだ。徹底した不殺生を貫く信徒は虫の生命ですら尊重するという。世界は広い。
彼らの教義は尊重するが僕はジャイナ教徒ではない。今回は自分の意志を貫こうと思う。実験の為に必要な設備もある為、今のうちから準備が必要になる。
そして最後に最も必要なもの、それは自分の信念と行動の意思を確かめる事だ。確固たる信念が無いと、いずれ歯止めが効かなくなる気がするぜ。