100 手段と目的
喧嘩に勝つには勝ったがスッキリしない。暴力の後味の悪さもあるが、根本的な解決には至っていないからだ。自分の意思を通す事こそが目的で、暴力はあくまで手段に過ぎない。
暴力を使って物事を解決するのは下の下だ。解決したように見えても恨みが後に残る危険もある。かの有名な孫子も次の言葉を残している。
戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。
孫子 謀攻篇
実力行使に至った時点で、既にベストな選択では無いのだ。暴力を振るったのは己の未熟さ故だと反省せないかん。
しかし今更どうしようもないのも事実だ。反省すれど後悔せずの精神でいこう。今は喧嘩に勝ったという事実を最大限に利用するのみ。
床に倒れたタケは立ち上がろうとしているが、脳が揺らされたせいか足元がふらついている。近寄って声を掛ける。
「無理に立とうとすんな。暫くじっとしとけ。」
口の中を切ったらしく、唇から血が垂れているのが確認できた。目に涙を浮かべ今にも泣き出しそうだ。何だかんだ言っても未だお子様やからな。
「治療したるから見せてみぃ。魔法を使うけどええな?」
「……わ、分かった。」
魔力を彼の身体に通し診察をする。日頃の訓練の結果、今では軽い外傷程度なら僕一人でも対応できるようになった。
因みに喧嘩に魔法を使わなかった理由だが、仮に使ったとなれば大問題になる事を恐れたからである。
その理由を分かり易く例えで説明すると、小学校の図工で彫刻刀やノコギリを扱う時があると思うが、(一般的に)喧嘩でそれらの刃物を持ち出すヤツはいない。魔法を喧嘩で使うのは刃物を持ち出す事と同じとみなされる。それを避ける為、予め魔法を使うと伝え、余計な警戒心を与えないように気を配ったのである。
「頬の内側が歯に当たって切れとるな。骨は異常なし、脳への影響も大丈夫やな。口腔の傷は治しといてやるが、多少の腫れと痣は我慢せえ。4、5日もあれば元に戻るやろ。」
「あぁ……。」
「で、僕の言った事は分かったか?」
「4、5日って事か?」
「違うわ。これからは僕らに手ぇ出さんって事やろが。」
………
「ちょっとー、いい加減にしないと先生に言うよっ!」
甲高い声が背後から響いた。
振り返るとキュウたち仲良しグループの女の子が、敵意むき出しの表情で声を張り上げている。
「その辺で止めないと先生に言うからね!」
「ふ~ん。」
「じゃ、じゃあこれでお仕舞いね。さ、席について……。」
「やかましい。」
「えっ?」
「お仕舞いなんか出来る訳ないやろが。」
「先生に言っても良いの?」
「あたりまえやろ。何ぬかしとん。逆に報告しんとあかんやろ。」
「怒られるのは怪我させたアナタなんじゃ…。」
「あのなあ、お前らのやっとる事は先生に報告済やぞ。ほんでな、また何かやってきたらブチのめすと宣言しとるんや。」
「そ、そんな……。」
「詰まり、合法的にブチのめせるっちゅう事や。それにな、怪我してもタダで治したるから安心してええぞ。」
「ひっ!」
半分はウソである。この社会に決闘罪があるのかは知らんが、普通は許されん。僕が先生に言った事は、次に何か仕掛けて来たら我慢できんと伝えただけであり、叩きのめすとまでは言ってない。
我慢できんとは叩きのめすっちゅう事ですと言えなくもないが、詭弁以外の何物でもない。冷静になれば、そんな事が許されるはずもないと気付かれるだろうが、それを誤魔化そうと屁理屈をこねただけだ。
屁のツッパリだが、その場の勢いで押し切ってやる。
が、これだけでは少し弱い。弱いどころかイキリ野郎認定待ったなしだ。そこんトコは覚悟しとるんやけどさあ、でもしゃーないやん。こうせざるを得ないトコまで追い込まれてたんやから。見栄を張っとる場合では無いのですよ。
「難しい事はどーでもええけどさ、お前らウチのねーちゃんに手ぇ出したやろ。」
「し、知らん。そんなもん知らんぞ。」
「お前が知らんでもな、ねーちゃんがキュウんトコの丁稚どもに言いがかり付けられたんは事実なんよ。何とか無事やったけどな、もし何かあったら本気でブチ殺すから覚悟しとけよ。」
タケは関与を否定するが、周りの級友たちがそれを聞き騒めき始める。うわ~、とうとう使っちまったぜ、イキリ言葉の定番、ブチ殺す。
強い言葉を使うなよ、弱く見えるぞ。 …… ハイ、ワタクシです。
「ホントかそれ。さすがにやり過ぎでしょ。」
「やりそうな感じではあるけどね~。」
観客が味方に付きそうで少し安心する。ここまで恥を晒しながらも孤立したら、悲惨もええトコや。ワカとゴンの存在が最後の支えだったが、教室の皆から白眼視される最悪のケースは避けられたらしい。
この騒ぎの落としどころは、彼らが二度と僕たちに手を出さなくさせる事。最後の仕上げまで後ひと踏ん張りだ。
恥も外聞も知ったこっちゃねえ。