秘密の習いごと (演劇部編)
「ちょっと待って」
宝塚歌劇のように伸ばした手を下しながら、私は声をかけてきた人を睨みつけた。
「それって、どうやって舞台で表現するの?」
先輩の指摘は適格だから、いつも私は腹が立つ。
「分かってますよ。書き直せばいいんでしょ!」
私はブスッとしながら消しゴムを取り、先輩は困った顔のまま原稿用紙に視線を戻した。
毎週日曜日、鉛筆の音だけがするこの教室が、先輩から意見をもらえる特別な教室になる。
先輩との出会いは、私が演劇部に入って2日目の事。定期公演が近付いているのに、なかなか台本が上がってこなくてみんながピリピリしている時だった。
軽いノックの後、無愛想な表情で入って来たその人は、大量の紙を先生に渡すと、さっさと帰ってしまった。
近くにいた先輩を捕まえて聞いてみると、あれは部のあり方で意見が対立してケンカ別れした “元” 演劇部員で、今回どうしても間に合わないので、先生が台本をお願いに行っていたらしい。
あんな嫌味な感じのヤツが書いた本なんて、と思いながら読んでやったのだが、見事に返り討ちにあってしまった。
私はすぐに “元” 先輩のいる教室に行き、大量のクレームを言ってやった。あんなに素敵なお話が書けるのに、どうしてケンカなんて・・・・・・
すると先輩は、
「夢があるのに、それを叶えようとしなかったから」
そう一言だけ告げ、私を教室から追い出そうとした。
君まで嫌われ者になる事ないんだよ、って。
そんな事を言われた私が、どうして今、先輩に前に座っているのかと言うと、その時とっさに叫んだ言葉のおかげだった。
「私の夢、手伝って下さい!」
先輩は、自分と会っている事をばれないようにする、というのを条件に、私がここに通うことを認めてくれた。
本当は、大声で言いたくて言いたくて仕方がない。
でも、言わない。
だって、先輩の鉛筆がこんな素敵な音色を奏でる事は、私だけの秘密なんだから。