MAIKO:2017
コトン、コトンと電車に揺られながら、外に向けていた視線を眠っている我が子に移す。
これからどうやって生きていこうか。行き場のない不安だけが募っていく。
二ヶ月前、私の夫が逝ってしまった。警察によると帰宅途中に通り魔にあったそうだ。
なぜケンちゃんが殺されなければならなかったの?どうしてあんなに優しい人が? そんなことを考えるのはもう何回目になるだろうか。
ごとっと電車がカーブに差し掛かり、少しよろめいてしまった。
「次の駅までカーブが続くんで、座りませんか?この場所良かったらどうぞ。」
近くに座っていた、高校生くらいの賢そうな男の子が立ち上がって声を掛けてきた。きっと私がさっきよろめいたのを見て、言ってくれたんだろう。優しい子だなぁ。
「あ、いえいえ。ここで外を見て居たくて。ありがとうございます。」
慌ててそう言うと男の子は少し罰の悪そうな顔をしたので、私も少し申し訳なくなった。
それでも、ここから見える海を見ていたいの。この子と私とケンちゃんとでよく行った海。「また来ようね!」と約束したあの日は、二度と三人で行けなくなるなんて思ってもいなかったけれど…。
視界の端ですっと初老の女性が立ち上がるのが見えた。すると男の子と私に近づいて来て、
「じゃあ私、ここに座らせて貰おうかしら。」
感じがよさそうに微笑んだ。
私と男の子が対応に戸惑っていると、ニコニコと笑みを絶やさぬまま席に座り我が子を覗きこんで話しかけ始めた。
「ママは綺麗な人だねぇ。素敵なママでいいわね。」
我が子にかけた言葉は私に向けられたもので。少し面食らった後、そんなことを言われたため恥ずかしくなってうつむいてしまった。
「あなたはわたしの隣に座るの嫌かしら?」
今度は立ちっぱなしだった男の子に笑顔のまま問う。
「あ、いえ、そんなことはないです。」
女性から見上げられた男の子は一瞬躊躇って、女性の隣に肩を並べた。
なんだか不思議な人だなぁ。少し前まで気まずかった車内の雰囲気を包み込んでしまっている。それにガラガラな車内なのに、ここに人が固まっていて何だか面白い。
「娘が居るのだけれどね、まだ結婚していないのよ。こうしていると自分の孫みたいでちょっと嬉しいわね。」
女性は一人話し始めると隣の男の子に笑いかける。
「あなたはパパにしちゃ若いわね。」
え!びっくりしたような顔をした男の子を見て、思わずくすっと笑ってしまった。女性は私たちを夫婦だと勘違いしたのかしら?それはそれで面白いけれど。
「若すぎるわよね、パパなんて呼ばれるのは随分先だもの。」
私の言葉に男の子は戸惑いながら頷いて、「子どもは好きですけど。」と言う。
女性はうんうんと頷いて、皺の寄っている目尻に更に皺を寄せるようにして、楽しそうに微笑む。
「良いパパになるわよ。」
初老の女性がどうしてそんなことを行ったのかは分からないけれど。
「私もそう思います。」
何となく私もそう感じて微笑む。
電車がまたごとっと揺れる。
揺れるごとに私の不安を取り去って行ってくれるようだ。
今だけは。見えない明日に目を瞑ろう。
電車は、皆を乗せて優しく揺れていく。
オムニバス企画
「KAITO:2017」 作者/ちやさん
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「KAITO:2017-The Young Detective-」 作者/志室幸太郎さん
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「MARUNO:2017 電車の中で」 作者/丸野智さん
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「JUN:2017」 作者/来栖さん
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