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新荷冬芽の独り事 その5

第5話です。


「やぁやぁ、ずいぶんと久しぶりじゃないかトワ君。まぁ座りなよ。ずい分と老けたもんだね。わざわざ私の所に来るなんて、何だい、何か話したいことでもあるのかな? それとも私の饒舌が恋しくなったかい? ふふ、構いやしないよ。どうせ私はいつものように当時のようにしゃべり続けるだけだ。なんといっても私は年中無休24時間いつだってヒマでヒマでしょうがないのだからね。せっかくこうして聞いてくれる人がいるんだからな、いつまでだって話し続けてやろうじゃないか。かつてのように、さ。私はいつだって変わらないよ。変わる必要がないからね。ココは毎年変わっていくけれど、私は変わらないさ。沙羅双樹の花の色、万物は流転する、ゆく河の流れ。いい言葉だよ。ねぇ? トワ君だってそう思うだろ? 別に皮肉じゃなくてね。変化は悪じゃない。善かと言われたら沈黙するしかないけどね。どうせ皆変わるのさ、なら変化はすべからく祝ってやるべきだと思うね。誕生日を祝うのと本質は変わらない。だってそうだろう? 誕生日がくるたびに、あぁ、これで余命が一年減った、だなんて考えていたら気が滅入るばかりだよ。そんな厭世、まだ早いだろ? きみもたいがい老けてきたとはいえ、まだまだ先の話だ。そんな先の話はしたくありませんってね。って、私が言うのはブラックに過ぎるかな? フフ・・・。いやぁ、しかし、本当に久しぶりだ。正確な年月について私が論じるのはナンセンスだから黙っておくけれど。いや、計算するのが面倒というわけじゃないぞ。いやホントだって。数字の弊害を心配しているだけだ。ひとことで7年といったところでどんな7年だったかでその意味は大きく変わってしまうんだ。子どもの7年と大人の7年は違う。それはもう決定的にね。クジラの一生、アリの一生、サルの一生、星の一生。単位が違うんだ。mメートルとgグラムのようなものだよ。だから数字なんて無意味なのさ。——―極論じゃない。極を言うなら中がないとな? 中央つまり一般論だ。でもねトワ君、一般論ほど信用の置けない論はない。だから極論なんてない。OK? ま、そんな話はどうでもいい。重要なのは語ることそれ自体だ。トワ君の場合は聞くことそれ自体だ。昔と変わらずね。全て社会は統一と多様を繰り返すのさ。そしていつでも役割は大切なんだ。適材適所。学校は語るもの、学生は聞くものだ。どうだい、納得だろ。だから私は語るのさ。まぁ、人格の影響も否定はしないけれどもね。飽きはないよ。あらゆる変化がここにはある。そしてたいていの停滞もね。ねぇトワ君、愛するってどういうことだと思うかい? 私は、もし今何を愛しているというのなら、そうだね、私は学校を愛しているよ。どうだい、みてみろよ、このゆがんだ理想のひどく素敵な恐ろしい箱庭の世界。大切だと思っているし守りたいと思っているよ。守れるものならだけど。トワ君の意見は残念ながら今は聞かない、君自身の胸に抱えて黙って立つのがかっこいいというものだ。しかし私は言わせてもらおう。かっこよさなど私はいらないからな。愛とは、干渉することだ。断言するよ。相手の全てを掌握したい、相手の中に自分を認識させたい、自分を一番知ってほしい、自分を見てほしい。なんて傲慢なんだろうね? 愛とは罪、とはよく言ったものだね。世界は愛に満ち満ちている。ということは世界は罪にまみれているということだよ。干渉したい、だけど、しない。それでも罪だよ。考えることそれ自体が罪となる。思想罪、みたいなものかな? トワ君もそんな年だ。罪の一つや二つ、犯してるんじゃないか? なに、悪いことじゃないさ。そうしてトワ君も成長して、変わっていくんだね。それは私にはないものだ。大切にしたら良いよ。フフッ、だめだねぇ、妙に感傷的な話題になってしまうな。話題を変えるよ。最近のことにしようか。そういえば文化祭がもうすぐだ。ここは相変わらず運動会と文化祭を連続してやってるよ。順は変わったがね。そう、先に運動会だよ。驚きだよな。慣れってのは恐ろしい。今じゃ誰も文句は言わない。言ってもちゃんとやってるよ。ホラ、見てみなよこの部屋を。昔はわれらが図書部の部室だったってのに今じゃ立派に図書室の一部だよ。トワ君は帰宅部だからこの喪失感がうまく伝わるか不安だよ。あんなに居心地がよかったのに実に、実に、実に、実に残念だよ。だけど、図書部は消えて図書館が広くなった。このことを気にする生徒はほとんどいなかったな。みんなすぐに順応したよ。変化は結局停滞と同義だといういい例さ。ヒトの能力だよ。慣れるというのはね。悪でも善でもない、ただそうあるものとしての、能力だね。生きるということはそれだけでいつだって大変なんだよ。それこそ命を懸けなければならないほどにね。だからトワ君が今ここに生存しているということは本当に幸運なことなんだ。何でも良いからトワ君の信じる何かに対して存分に感謝しておきたまえ。信じるものが何もないなんてさびしいことを言うつもりなら妥当なところで自分自身で自分に対して感謝の意を表したら良い。そして、トワ君はこれからも自らの能力と幸運とコネと努力を信じてせいぜい余命を楽しんでくれ。えぇと何の話をしていたかな。話す内容には意味はないが、せっかくはじめた話題だからちゃんと続けてやらなくちゃ。そうそう、文化祭だったか。トワ君はあのころ何か参加はしてたかな? 厭世ぶってたきみのことだ、いつも受け手だったと推測しよう。どうだ図星だろう? ま、参加経験はなくとも一度母校の行事に参加してみるのも悪いことじゃないからためしに一度来てみればいい。ノスタルジィと寂寥感を存分に味わえることを保障する。そういう気持ちのときにこそ、取り戻せないものについての考察をするよい機会だからな。安心していい、当日は私もどこかにはいるよ。今年の企画はなんだったかな。生徒会は毎年のことながら大変だよ。朝早くから夜遅くまで駆け回っている。ついでに言うなら文化部部員もね。運動会で昼の時間をとられるからなおさらだ、というのは私の先入観かな? とにかく夜遅くまで生徒が残るから、おかげでまた怪談が増えた。夜は余計なものが見えるからね。祭りの前でみんなどこか浮き足立ってるからなおさらだ。悪いものが入り込んでないことを祈ろうか。ホラよくあるだろ、某有名遊園地の入場者数は退場者数より多いんだそうだっていう怪談がさ。出てくる必要のない何かが入場して、今なおそこにとどまっている、なんて、そう考えるとワクワクするだろう? しないかい? フン、夢を忘れた大人ほどつまらないものはないぜ、トワ君。子どものころを思い出せよ? ホラホラよくあるだろ、教師の失敗を指摘する時の優越感、遅刻して授業にこっそり入るときのあの緊張、テスト前日のあきらめていく心理過程。ん? ちがうかな? ちょっとたとえはうまくいかなかったかな。でもトワ君、思い出の1ページにくらいそういうの、残しておいたほうが楽しいぞ。強くお勧めしよう。そしてそうだね、今のこのときも、きっとこの先に思い出になるかもしれないな。久しぶりにこの私に会った、そういう思い出になるかもしれない。ふむ、そう考えるともっといろいろなことをしゃべるべきかな。より多くの話題を話していたほうが、その中のいくつかの話題が記憶に残る可能性はそれだけ高くなるというものだ。そうだ、気配りでもしておこうかな。やさしくされた記憶のほうが一般的には残りやすいと思うしね。というわけでトワ君時間は大丈夫かい、のどは渇いていないかな、おなかはすいていないかい? よし気配り終了。さぁこれできっとトワ君の思い出に優しい先輩のことが刻まれたことだろう。よかったよかった。さてトワ君もどうだい、私の思い出のために何か気配りでもしてみる気には――なりそうにないね。くくく、君は昔から、気配りは下手だったしね。こうして助言してあげたって、きっと丁重に遠慮されちゃうのが落ちかな。まぁいいや。遠慮深いことは美徳のひとつだ。譲り合いの精神はマナーの第一条件だからね。立派な社会人として必要なスキルだよ。ということはそれを備えているトワ君はすくなくともその点では立派な社会人というわけだね。すばらしいことだね。もし誰にも賞賛されたことがないというのならこの私がここで賞賛するよ。往々にして必要なものは備えていてもほめてもらえないものだしね。せっかくの機会だからありがたくほめられたら良い。人はしかられて大きくなるものではない。ほめられて伸びるのさ。ほめられたら君だって悪い気はしないだろう? 全て世はこともなく。負の感情なんてわざわざ作っていたら気が滅入る。いくら叱ることも本人のためだとはいってもそんな汚れ役、身内にでも任せていたら良い。他人がそこまでする義理はない。だから私はここで君をほめてやろう。

 トワ君、良くぞここまで生き延びた。僭越ながらこの私が世界の全てを代表して賞賛しよう。ついでにそうだね、今ある全ての命に。その生存を祝福しよう。全ての出会いに感謝を。全ての感情に尊敬を。全ての営みに憧憬を。

 ふふふ、なんてね。ちょっと私的な願望も入ってしまったかな。けど大丈夫だ。今ここの出会いもきっと君は忘れるだろうからね。むしろ過去にこだわってよいことなんてあまりない。だから忘却はむしろ歓迎しよう。さぁ、トワ君、うれしくそして懐かしい逢瀬も今日はこのあたりにして、そろそろ大人は帰る時間だぞ。ほら、もうこんなに外は暗くなっている。夏ももう終わる。時間は有限だよ、こんなところにかかずらっている場合じゃないだろう? さぁ、語りの時間は終わったぜ。聞き手はおとなしく家に帰るが良いよ。そして次の逢瀬を楽しみに。私はここで見送ろう。まだまだ話し足りないからね、次もまた私は饒舌でいるよ。だから今日は、さようなら、だ。では、息災と、友愛と、再会を。縁が合ったら、また会おう」

次が最終話です。

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