私の黒歴史編9
「暑い……なんでこんな炎天下に一日座ってなくちゃいけないんだ……」
観戦用のいすを運び出しながら、僕は文句を垂れた。初夏というのはあまりに本格的過ぎる太陽が、じりじりと背中を焼く。
「仕方ないですよ。熱中症にだけ注意して、耐えるほかないです」
うう、そんなことを言われたって……。
今日は前々から練習を積み重ねてきた、体育祭の本番であった。
女子高なのに体育会系が多いうちの学校は、早くも闘志とやる気に満ち溢れた熱気をむんむんと発していたが、僕はと言えば体育は2の完全に文化系なもので、始まる前から早くもへばっていた。
ああ、暑い。なんて暑いんだ。熱気で更に暑いよ……暑い。
暑さでぼんやりして、暑いという単語しか浮かばなくなった僕に、友達の一人が呆れたように話し掛けた。
「もうだらしないなあ……そんなんで、組体操のてっぺんから落ちちゃったりしないでよ? ほら、これあげるからしっかりして!」
ばしっと痛いくらいに背中を叩きつつ、彼女はスポーツドリンクを投げてくれた。ありがたいけど、反射神経が鈍り気味だった僕はそのボトルを取り損ね、顔に思い切りぶつかって無様にも大きくのけぞった。
地味に痛い。
「大丈夫ですか? 近江さん」
「……うん。大丈夫、大丈夫」
うう、恥ずかしい。しっかりしなくちゃ。
2ー3と石灰で大きく書かれただけの陣にいすを置き、一息つく。まんまグラウンドなので遮るものは何もなく黒焦げになってしまいそうだが、基本日陰に移動することは禁止で、日傘もだめらしい。
これは熱中症患者を量産するぞ……。
せめて日焼けで水ぶくれを作らないようにと日焼け止めを塗ったが、これだって果たして効き目があるのかどうか。
開会式が終わり、種目の順番が来るまではだいぶ暇である。僕は下敷きで煽いだり、スポーツドリンクを飲んだりしてだらだらしていたが、所属する赤組が劣勢になってくるとそういう訳にもいかない。
「ほら、彼方もちゃんと応援して!」
なんて席を立たされて、声援でワイワイしている前方へと押し出される。
ひー……なんて不快指数なんだ。
人口密度が上がって、余計に暑い。
何故か愛想よく手を振ってくれる見知らぬ後輩に手を振りかえしつつ、周りに合わせて適当に応援をしていると、並んでくれとの号令が掛かり今度はそっちへと流される。
慌ただしいなあ……。
二年生の競技は全五種目で、リレー・騎馬戦・ドッジボール・ソーラン節、そして組体操という順番になっている。もちろんこれは全員参加のものだけだから、運動神経の良い人たちはクラス選抜という形でスウェーデンリレーやら更にたくさんの競技に出なくてはならない。
それはまさに、息つく暇もないだろう。
僕はと言えば運動神経とは無縁の存在なもので、全員参加のものしか出場していないのだが、それでもリレーでは追い越され騎馬戦では鉢巻を取られ、挙げ句に騎馬が崩れて落下し、医務室に運ばれるという失態を演じた。
対して佐々さんはと言えば、リレーでは韋駄天の俊足で驚異の三人抜きを果たし、騎馬戦では騎馬役だったもののルンバのごとく滑らかな移動技を見せ、彼女のいた騎馬は敵クラス全員の鉢巻を奪い去って見せたという大活躍ぶりであった。
佐々さん、運動神経いいんだな。おしとやかそうに見えるからそんな感じしなかったんだけど。
医務室で擦り傷の手当てを受けながらそんな感想を抱いていると、赤組の拍手喝采を受けながら佐々さんがこちらへ向かってくるのが見えた。
心なしか、威風堂々が聞こえてきそうな気がする。
あれ、なんでだろう……眩しすぎて、目が……。
「……大丈夫ですか? 近江さん、ものすごい落ち方してましたけど……」
眩しくて目頭を押さえていたのを泣いているとでも思ったのだろうか、彼女は控えめに戸惑ったような声を上げた。
いや泣いてないし。
「平気平気。ちょっと膝擦りむいただけだから」
彼女はそれに対しそうですか、とにっこり笑い、そして思い出したように急に真剣な顔つきになった。
「ところで午前中はもう終わりで、これから昼休みになるんですが……近江さん、お昼ご一緒してもいいですか?」
「うん? 別にいいけど。親戚の人とか小夜さんとかがいるのが気まずくなければ」
「ええ、それは平気です。一度きちんとお礼を言おうと思っていましたし。それより……」
彼女がそう言いかけたとき、僕の携帯の着信音が鳴った。
タイミングが悪い。
「ごめん、ちょっと待ってて……はい。もしもし……」
そう応対したところ、ぷつんっと電話を切る音がした。
なんだよ、いたずら電話か。
「誰からでした?」
「ん? いや、いたずら電話。最近多いんだよ」
「そうですか。気を付けてくださいね、近江さん」
「ああ……まあでも昔からよく自宅にはいたずら電話が掛かって来てたから、ちょっと慣れちゃってるところはあるんだけどね。……ところで、何か言いかけてたけど何だったの?」
「いいえ、なんでもありません」
そう言って、彼女はにっこりと笑った。
「……近江さんは私が守ります」