私の黒歴史編13
閉会式を終え、皆が帰路に就く頃。
僕は体育祭の成功を祝った打ち上げとやらに参加して、バスで十分程のカラオケボックスに来ていた。
本当は断ろうと思っていたのだけれど、僕が見ることのできなかった佐々さんの武勇伝を話してくれるというので、のこのこ付いてきたのだ。
「本当にすごかったんだから! えーっと……どこまでいたんだっけ? リレーとか騎馬戦とかの辺りは?」
「見た見た。僕が見てないのは組体操のところだけだよ」
「そう! あそこね、彼方に変わっててっぺんになったじゃない? 先生とかも失敗覚悟で、怪我さえしなければいい的なスタンスだったんだけど、佐々さんすごい完璧なピラミッドを作り上げちゃって……」
「完璧なピラミッド? ……写真とか、ないの?」
「あるある。親が撮ってくれたやつが……えっと……」
そう言ってデジカメを操作し始めたので、横から顔を出す。
ピッピッピ、という音と共にスライドしていく写真を見ると、それらしき場面へと移り変わっていく。組体操のゾーンになり少し行くと、ああ、これ、と友達が声を上げる。
覗き込むと、深刻な手ブレである。
うーん……ちょっと、これじゃ分からないかも。
「……なんか、もっとないの?」
「ああ、うん。何枚か撮ってるから……」
そう言ってスライドさせた二枚目。
今度はくっきり映ってるけど、肝心のてっぺんの部分が指で隠れている。
「……もっと他のは?」
「大丈夫、まだあるはず……」
三枚目。
何故か上半分が黒い。
おかしい、と思っていると四枚目。
画面いっぱいに半透明のなにか……。
確実にこれは――。
「……っ!! ちょっと! これ心霊写真じゃん!」
「うわわ……やばっ!! 消去消去……あれ!? 出来ない!!」
「えっ……、嘘だろ? え……うわ、本当だ……!! ぎゃああああ……っ」
なんて怪談的一部始終を終えて一息つこうと外に出ると、先客として佐々さんが
いた。
「あれ? 佐々さん、いつからいたの?」
「結構序盤から……私集団で集まるの苦手でした」
「……そう」
佐々さんの隣に腰を下ろし、特に会話もなくぼんやりする。
さっき、佐々さんの元仲間だというやつらに殺されそうになったとき、思い浮かんだことがあった。普段なら絶対にそんなこと意識しないのだけれど。
何だかあの事件に巻き込まれて妙に自覚してしまったところもあるし……正直気まずいんだよな。自分から横に座っといてなんだけどさ。
「あの、近江さん」
「えっ、あ……何?」
そんなことを考えている矢先、声を掛けられ不審にもびくっとする。
その様子に対し、佐々さんはクスクス笑った。
「どうしたんですか? もしかして、喧嘩する私の姿を見てビビっているんですか?」
「失礼な……ビビってないし。そんなんじゃないから」
僕だってそこまで恩知らずじゃない。彼女もそれは分かっているらしく、冗談ですと笑った。
「近江さんが律儀なことは知ってます。初めて会ったときから。私は近江さんが……」
そのまま黙ってしまったので少し困っていると、彼女は力を振り絞るような声で小さく言った。
「……私さっき、近江さんと友達になれて良かったって言いましたよね。それは、本当のことです。この学校に来て、近江さんと再会できて、仲良くできて、本当に良かったって心から思ってるんです。……だけど、嫌なんです、それだけじゃ。私、本当は……」
彼女はぎゅっと唇を噛んでいた。その顔は泣いているようにさえ見えたが、僕はあえて何も言わなかった。
「好きなんです、近江さんが。初めて会ったときからずっと……恋人になれたら、私が男だったらって……ずっと…………ごめんなさい。気持ち悪いのは分かってます。ご迷惑でしょうが、どうしても言わずにはいられなくて……っ!?」
気が付くと、僕は彼女を抱きしめていた。身長差的にあんまり格好いい感じにはならないけど、それでも力の限り、ちょっと痛いかもぐらいまで力を込めて、彼女を抱きしめた。
「ちょっ……近江さん?」
「……僕も」
「え?」
「僕も佐々さんのことが好き。初めて会ったときから……ずっと」
なんとも思わない見ず知らずの他人を、介抱したり家に泊めたりするはずがないのだ。僕が彼女に対してあそこまで親切にした理由、それは好きだったからだ。
「男だとか女だとか、関係ないよ。好きだったら、付き合えばいいんだ」
そう言って、彼女を壁に押しつけて深くキスをした。ここはそこそこの人通りがあるけれど、気にしない。
気にしていられなかった。
その日から、僕たちは付き合うことになった。
家に帰ると、叔父さんが手招きをして僕を居間に呼んだ。
「昼間のことだけどね、もう何ともないから心配しなくていいよ。佐々さんとかいう子がいたグループも、今はもうない。だから、安心して寝なさい」
「ありがとう、叔父さん。何から何までやらせちゃって……」
「いいんだよ。姪っ子を守るのは叔父の役目だ」
そして、不意ににやりとした。
「しかし意外だったなあ、てっきり今日はあの子を家に連れてくるか、あるいは彼女の家に泊まるかだと思っていたのに、一人で帰ってきちゃうなんて」
「え? 何言ってんの。そんなにしょっちゅう遊びになんか……あ」
叔父さんが再びにやりとした。
……ばれている。確実にばれている。
「なっ……なんで!? なんで……!?」
「えー? いーや、叔父さんは何も? ただ彼方ちゃんはチキンだなあって思っただけで」
「変態!! このスケベ!!」
「あんな人通りの多い往来で、いきなりいちゃつくような人には言われたくないなあ」
そこまで知ってるのかよ!!
この調子だとクラス中にばれているんじゃないかという不安に駆られ始めた僕を尻目に、叔父さんはおおらかに笑った。
「まあまあ、そんな顔しないで。良かったじゃないか。……あんなことがあったから心配してたけど、好きな人ができて良かったね。おめでとう」
心から嬉しそうな顔。このことを知ってこんな顔をしてくれる人は、果たしてどれくらいいるだろうか。
「今日は疲れただろう? もうお休み」
「うん。おやすみ」
そう手を振って別れる。
離れに向かう途中で僕は頭に刻みつけられたままになっていた、あの儚く消えた幼なじみのことを考えていた。
真っ直ぐな長い髪、白い肌、大きな瞳。そしてずぶ濡れの、冷たい彼女の身体――。
頭に蘇って来たものを、僕は溜め息を吐いてすべて吐き出した。
忘れてはいけない。でも、思い出すこともないんだ。
そう思うことにして、強く頬を拭った。