誕生日は東京で!
美子さん、誕生日おめでとうございます。
高知龍馬空港。搭乗待合室の中にある『レインボー』。
「早く来すぎちゃったわね。ちょっと時間づぶそうかしら…」
ここはいいのよね。お土産も買えるし、立食だけれど軽食や飲み物も頼めるから。
「生ビール下さいな」
生ビールを飲みながらお土産をどうするか考えてみる。お酒が好きな日下部さんにはあれよね…。あれ…。うーん、なんだっけ?そうそう!『龍馬からの伝言』よ。辛口の純米酒だから日下部さんにはぴったりね。
1時間ちょっとの空の旅はあっという間だったわ。出発前に飲んだビールがいい感じに効いてきてよく眠れたし。
久しぶりの東京。なんだかワクワクするわ。日下部さんが迎えに来てくれているはずだけど…。
「美子さーん!」
あっ!居た。
「日下部さん、ご無沙汰!伊豆以来ね。あの時は楽しかったわ」
「お疲れじゃないですか?」
「大丈夫ですよ。私が年寄りだからってそんなに気を遣っていただかなくてもいいですよ」
「年寄りだなんて、そんな…」
「さっ!行きましょう」
私は困った顔をしている日下部さんの手を取って歩きだしたわ。私にしてはずいぶん大胆な行動ね。まだ、ビールの酔いが残っているのかしら。それとも、東京の空気に酔ったのかしら…。
羽田からタクシーで向かう先は本日の宿泊先であるロッテシティホテル錦糸町。東京での宿泊先は日下部さんが予約してくれているのよ。
「どうですか?気に入ってもらえましたか?」
「ええ!とても素敵よ」
さすが日下部さん。いいお部屋を取ってくれたわ。窓から東京スカイツリーが良く見えるわ。
「ボクは先にロビーで待っていますから、美子さんは荷物など片付けてからゆっくり降りてきてください」
「ううん、一緒に行くわよ」
私はそう言って荷物をベッドの上に放り投げた。今日は日下部さんとデートよ。
ランチはホテルの1階にあるシャルロッテチョコレートファクトリー。ショコラバターチキンカレーとカカオバターライスにチョコレートグレービーソース。
「おいしい!」
「本当に?良かった」
「さすが日下部さん、ナイスよね。そう言えば日下部さんはこの辺が地元でしたっけ?」
「そうですね。でも、ここも、これから行くスカイツリーも一度も行ったことが無いんですよ」
「そうなの?でも、このホテルはご利用になったことがあるんじゃないの?」
「どういう意味ですか?」
「いやだ!怒らないで。軽い冗談よ。それとも、図星だったのかしら?」
「美子さん!」
「分かったわよ。ごめんなさいね」
東京スカイツリーに登る前にソラマチをぶらぶらしたり、隅田水族館へ行ったわ。それからエレベーターに乗って展望台へ。夕暮れ時の東京の街が幻想的で素敵。次第に暗くなってきていっそう夢の世界にでも居るようだわ。これは何時間眺めていても飽きないわね。
「そろそろ、メインイベントといきましょうか?」
「メインイベントって?」
「誕生日でしょう?今日は美子さんの」
「あら!覚えていてくれたのね」
「ええ、忘れませんよ。美子さんの誕生日は娘の誕生日と一緒ですから」
「そうなの?それで、メインイベントって何かしら?まさか花火が上がるとか?」
「まさか!そんなお金はないですから」
そう言って笑いながら日下部さんが連れて来てくれたのは展望デッキにあるレストラン。『TOKYO DUISUNE』。
東京の夜景をはるか下に見降ろしての食事は絶品だわ。
「日下部さん、素敵な誕生日プレゼントをありがとう」
「どういたしまして!」
「ねえ、帰りに部屋へ寄ってもらえるかしら?」
「えっ?」
「違うわよ!高知のお土産があるんだけど、持って来るのを忘れたのよ。でも、こんなお婆ちゃんでも良ければお相手してあげても構わなくてよ」
「いえ、いえ。お婆ちゃんだなんて…。美子さんは十分素敵な女の子ですよ」
「それはそれは。そう言えば、娘さんのお祝はしなくて大丈夫なの?」
「ええ。今日は彼氏とディズニーランドですから」
「まあ!それもいいわね。日下部さん、明日のご予定は?」
「あ、明日ですか…」
「冗談よ!」
私がお土産を取りに部屋へ戻っている間、日下部さんはロビーで待っていてくれたわ。部屋までついて行ったら獣になってしまうかもしれないからですって。もし、そうなったらそうなったで…。いいえ、さすがにそれはないわよね。そんなこと、小説の中だけのお話よね。
「はい、これ」
「どうもありがとうございます」
そう言って日下部さんは帰って行ったわ。さて、シャワーを浴びたら、スカイツリーを眺めながら部屋呑みするか…。