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これなあに


お気に入りしてくださった方、ありがとうございます。


今回は新しい人物が少し出ます。




「人がたくさんいるね譲」

「小学校や宴会場よりいますね」

「……うるさいね?」

「……はい」


 あれから二人連れ立って部屋を出て、階段を降りて曲がって目的地に着いた。

 食堂ですよと譲が指差した先を見ると、大きな扉の上の方に教室みたいなプラのカードがあった。食堂。うん、紛れもなく。

 ザワザワと教室のような煩さを廊下の時点で感じてはいたけれど、流石にたくさん人がいて吃驚してしまった。浅見の家系は宴会の時、数日にわけて家へ来ていたからこんなに沢山の人間は初めてだ。


「小学校では、これより少なかったんですか?」

「運動会とかは出ちゃいけなかったから、保健室だった」

「……え」

「クラスと、音楽室と、美術室と、保健室以外だめだったからこんなに沢山は初めて」

「そんな……どうして」

「? 知らない」


 そんなの昔からだったよ。なんて言ってみても譲は顔を険しくしたまま。でもそれが昔からの“決まり事“だったよ。


「……そうですか」

「そうだよ。でもいいんだ。イベント事の日はずっと保健室だったけど、六年生になってからはお昼ご飯の時いつも先生が来てくれたんだよ」

「先生?」

「うん、先生」


 先生が来てくれるから俺は嬉しかった。低学年の時は運動会の練習をしたかったけど、六年生の時はなくてもよかったんだ。だって先生の隣で居れたから。


「譲、お腹すいた」

「あ、はい。さっき言った生徒証だしてください」

「うん」

「これにピッてしてください」


 譲が生徒証をピッてした機械をジッと見ていると、ピッてした後すぐに液晶画面が変わって、2つの写真が現れた。うわ、なんて思っていると、譲が隣の機械を指し示す。


「やってみてください」

「うん」


 譲は手早く操作を終わらせてから機械が出した紙を持ち此方へくると、俺の後ろに立った。そうして液晶画面を指差す。


「今日の定食メニューはこの2つです。どちらが食べたいですか?」

「これなあに」

「シーフードスパゲティです」

「じゃあこれは?」

「シーフードスパゲティのセットのデザートで、ティラミスです」

「デザート? 甘いの?」

「はい」


 デザートという言葉に譲を振り向いて聞くと、近かったからか譲は半歩下がって頷いた。

 浅見家のご飯はいつも和食だったから、洋食は給食でしか食べたことがない。デザートも食べてみたい。

 あ、でももう一つの定食メニューも気になる。


「これは?」

「ハンバーグですね」

「ハンバーグ? なに?」

「……つみれの牛肉版ですかね」

「デザートは?……譲はどっち?」

「ハンバーグはデザートがオレンジですね。俺はハンバーグです」

「……俺ティラミスがいい」


 じゃあこれにしましょうか。そう言うと譲は俺の人差し指を掴んで、液晶画面のシーフードスパゲティの写真を叩いた。ぴぴっ。





「わ」

「これで注文出来ました。液晶画面の下から紙が出てきますので、あっちの受け渡し口の上の画面に同じ数字が出たら貰いに行きます」

「来ないの?」

「来ません。でも俺が居るときは俺が運んで来ます」

「……うん?」


 来ないらしい。でも譲が一緒の時は来る? ううん、今日からのご飯って面倒くさいのか。

 空いている席に隣り合わせで座ると、譲はすぐに「飲み物持ってきますね」と立ち上がって、飲み物という看板が天井からぶら下がった所へ行ってしまった。

 ザワザワざわざわ。あれ? なんだかちょっと気持ちが悪いかもしれない。蠢く人間たちが視界を埋める。知らない風景の中に居るという事が、少し嫌だった。



 浅見家の宴会場に居た時の、哀れまれる感覚や父や母の無感動な瞳が頭の中に浮かんでは消える。


 ああ、風邪なんてひいていないのにどうして俺は吐き気に襲われているんだろう。口を手で覆った。その時。


「大丈夫か?」


 背後から現れた声が俺の背中を撫でる。口を抑えたままでいれば、ゆっくりと背中を撫でたまま「気持ちが悪いのか?」と、また背後から声がかけられる。

 その手に先生を思い出して、先生に会いたくなった。


「ん、」

「吐きそうなのか?」

「じっ、ぼっ……残熾、さん!」

「……ゆずる」

「知り合いですか?」

「ああ……まあな。残熾さん、どうしたんですか?」


 両手のコップを机に置いた譲は俺の顔をのぞき込んできた。なんかちょっと、譲を見たらマシになった気がしてゆっくり顔を上げる。

 譲が来てもずっと背中を撫でていてくれた人を見るべく左へ振り返ると、そこには困ったように眉を寄せた黒い髪の毛の男の子が立っていた。


「大丈夫?」

「譲が来たらちょっとマシになった。……ありがとう?」

「残熾さん……よくお礼言えましたね」


 そう言って譲は俺の頭を撫でた。先生が前に背中を撫でてくれたんだよ。だからその時に教えてもらったんだ。合ってたならよかった。


「いや、良くなったならいいんだ。ちょっと心配になっただけだから」

「悪いな。助かった」


 男の子はそう言って緩く笑った。あ、笑顔だ。……先生以外の笑顔凄く久しぶりに見た。譲と話す様子をぼんやりと眺める。眺めていると一つの違和感に気がついた。


 なんか譲の話し方が俺と違うような……。譲は普通に会えるって俺に言った。先生みたいに普通に。なのに、なんか譲は“お客様“みたいだ。






「黙って座って頭を下げていなさい」

「居ないみたいにしていろ」

「……はい」


 朝からお手伝いさんが部屋に来て、俺は着物へ着替えて普段なら絶対に入ることのない広間へと来た。今から本家に近い筋の人たちが父に会いに来る。

 だから俺は父と母の隣に座る兄から少し離れた場所に座った。毎年の決まり事だった。


 来る人たちは父と母に挨拶をして、兄に成長したねと声をかける。決まり事。

 その間俺はずっと頭を軽く下げて座っていた。父と母に言いつけられる機会なんて今日くらいしかない、だから俺が言い付けを守れるんだって知ってもらわなくちゃ。


「あれが次男坊? ……可哀想に」


 ハッとして頭を上げた。キョロキョロと見回して声の主を探したけど、目があった人はみんな同じ様な目をしていて。


「頭を下げなさい」


 父に言われて慌てて下げた。どうしよう。言い付けを守れるんだって知って貰いたかったのに。言い付けを破ってしまった。どうしよう。


 膝の上でぎゅうぎゅうと握られた拳だけを、俺は何時間も見ていた。






最後のページは残熾が小学校低学年くらいの時の出来事です。

無意識のトラウマというか、傷というか……。

譲の「じっ、ぼ……残熾、さん」は、次男坊、坊ちゃんに違うか……となった結果です。


閲覧ありがとうございました。


さかき


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