Lotus8 抜け出せない快楽
あの時、渉の部屋から持ち出した彼の写真は、私の部屋の枕元に飾ってある。いつでも貴方の笑顔が見たいからという気持ちで飾っていたのに、何だか私の醜い部分まで見られている感じが……する
「萩原、確か香学館大学の社会学部希望だったよな?」
「はい」
久しぶりの胸の高鳴りに浮かれポンチになっている場合では無い。私はこれでも高校三年生なのだから、必然的に進路の問題も抱えている。もともと福祉に興味があった私はそんな職業に就きたくて、有名な教授がいる香学館大学を選んでいた。まぁ、香学館の近くの聖南学院もいいけれどそこには……
“俺は聖南学院の体育学部に推薦で入ってみせますよ〜!”
と、いつか言っていた渉の言葉が思い出される。同じ大学に入ってしまったら、今以上にアイツの周りの世話をしなければならないのだから! それは絶対避けないといけない!
こうして教室で担任と二人で進路相談していたが、ここでもまた“アレ”は始まるのである。気がつくと私の手には重ねられた担任の手。
「蓮子、今夜久しぶりに会わないか?」
「ここは学校ですよ、センセイ」
構わないよと、私の手に重ねられた手に力が入る。まだ三十代前半の担任は、二年の時に私から誘った男。とても優しくて頼りになる人で、よくみんなにも奥さんやお子さんの話をしてくれる“家族想いのイイセンセイ”でも、それはただの仮面だった。
ある意味賭けで誘ったのに、この男もまた他の男と一緒ですぐに家族を裏切った。
“俺は教師で、君は生徒だから”
“所詮、教師に憧れているだけだから……すぐに目が覚めるよ”
そんな答えを本当は期待していたのに、気がつくと私はこの男に抱かれていた。私がこの男に憧れていたのは本当だった。この人は他の男とは違う、そうであって欲しい。だから私の誘惑を断って欲しかったのに、そんな思いは返事代わりの彼のキスで砕かれてしまった。
“嬉しいよ。俺も実は萩原の事を見ていたんだから”
ミテイタ? どんな風に? 一生徒としてではなく、一人の“女”として?
抱かれている時流れた涙、先生は感激の涙と勘違いしていたけれどあれは悔し涙だった。少しでも理想を持ってしまった自分が情けないと思った結果流れていたものだった。
そんな昔の事を考えている間も、先生の指は私の髪の毛に触れていた。
「蓮子に触れられるのも、あと少しなんだな」
束縛するような男では無い。私がここを卒業してもその関係を続けるとは今まで一言も言わなかった。きっと私が卒業したら、また別の女の子を見つけるのでしょうね。その仮面に騙されて近付いて来た、私みたいな馬鹿な女を。
「れ〜ん?」
横に向けていた顔を彼の手によって正面に向けられると、そのまま私の唇に彼の唇が重ねられた。その瞬間、やっと芽生えていた感情なんてどこにも無く、また以前のような復讐という醜い自分が曝け出されていた。それを示すかのように……ほら、
ワタシモ マタ センセイヲ モトメテイルデショ?
彼の背中に回された腕が証明している。嫌なら突き放せばいいのに、それが出来ない。復讐、復讐と言うだけで、本当は自分が求めているだけなのじゃ無いか? 快楽に身を任せてしまい溺れきっている。所詮、これまでこんな事でしか満たされていないのだから今更きれいな恋愛なんて出来る訳ない。
「さすがに此処じゃまずいから、場所変えようね」
彼の一言で私は一旦解放されるが、すぐにまた学校の外で囚われてしまう。一度帰宅して私服に着替えてから近くに停めてある彼の車に乗り込んで、ホテルへと向かう。そして、着いた先でさっきの続きが始まるのだ。愛情のかけらも無いただの情事が……
バカみたい……ベッドの上でこうして体を重ねているこんな時でも浮かんでくるのは宇佐美琉依の笑顔だけなんだから。ほんの一時の気持ちがこんなにも自分の体を蝕んでいたなんて、もしかして本当に恋をしていたのかな? 恋が出来ていたのかな?
「近くまで送って行くよ」
「……」
情事を済ませた後、何も無かったかのようにあっさりしている彼の言葉に私はただ無言で駐車場へと向かった。そんな私達の傍にちょうど車が入ってきて停まると、中からこれから彼と愛し合うのであろうが女性が運転席から降りてきた。
――――!!
思わずその場で凍り付いてしまった。そんな私に先生は怪訝そうな目で見ている。
だって私が目にしたのは、助手席から降りてきた帽子を深く被った男性。間違いなくそれは私に笑顔と忘れていた感情を思い出させてくれた宇佐美琉依だったから。
そしてすれ違ったその時、確かに私と視線がぶつかっていた……
せっかく琉依に恋愛感情を抱きかけているのに、それでも今までの行為から抜け出せないでいるという蓮子の複雑な心情を描いてみました。