Lotus5 月明かりの下での再会
愛情のない情事の後、一人で帰る時には決まって流れてくる涙。悲しい訳じゃない、これはこんな事ばかりしている自分に情けなくなっている証明の涙。
それでもね……やめられないの……
まさかこんな所で再び会うなんて思わなかった私はただ彼の方を見て驚きを隠せないでいたが、その時もまだ私の瞳からは涙が流れていた。
「ちょっと〜琉依! どうしたの? てか、この女誰?」
黙って立っている私と穏やかな笑みを見せて私を見る彼に、彼の隣りにいた女性が痺れを切らせて話し出した。それに気がついた彼はその女性の方を見ると
「うん。さっき出会ったばかりの友達の友達」
「な、何言ってんの?」
確かに私は彼の友達(渉)の友達だけれど、彼女にとったらそれが何を言っているのか訳が分からない様子だった。複雑な顔を見せる彼女に彼は構う事無く、自分の腕に絡めていた彼女の腕をやさしく解いた。
「琉依?」
「ごめんね〜。俺、急な用事を思い出したから今日は帰ってくれる?」
突然の彼の言葉に驚きを隠せない女性と、ただその場で呆然と見るしかなかった私。それでも彼はただ笑顔で彼女を見ていた。そんな彼に彼女は顔を赤くさせて睨むと
パンッ
彼の頬を平手打ちしてそのまま去っていった。女性から殴られたのに、それでも彼は何事も無かったかのような笑みを見せると私の方へと近付いてきた。そしてふと上げた彼の指は流れていた私の涙をすくっていた。何気ない仕草だけれど、それでもまた私の鼓動は早くなっていた。
「どうして、泣いていたの?」
そのまま指を自分の口元に移すと軽く舌で舐めながら尋ねてきた。たったそれだけの事なのに、流れていた涙は止まりそして顔が赤くなっていた。そして彼はさらに私の方へと歩み寄って来る。
「な、何でもない! ちょっと目にゴミが入っていただけなの!」
近付いてきた彼の胸元を軽く押す事でこれ以上近づけさせないようにする。だってそうじゃないと、私の胸の高鳴りが聞かれそうで怖いから。そんな必死になっている私を見ると彼は近付くのをやめてその場で立ち止まった。
「そ? それならいいけど」
うん、それでいいの。とりあえず納得してくれた彼を見て、私はホッと胸を撫で下ろした。
それから私は彼に誘われるまま近くの喫茶店へと場所を移動した。さっきのバーとは違ってここでは何だか安心できる感じがした。それは場所の所為? それとも一緒にいるのが彼だから?
「そういえば、さっき槻岡さんと帰ったのに、どうしてまたこんなところにいたの?」
「ん? 家に帰ったのは帰ったんだけどね、急に呼び出されてさ〜」
さっきの女の子にと言う彼に、私はさっき顔を真っ赤にさせて怒っていた彼女の事を思い出した。しまった! こんな時に浮かれている場合じゃなかった!!
「ごっ、ごめんなさい!」
「んん?」
突然立ち上がって頭を下げ謝る私に、彼や周りの人は自然と視線をこちらへ向けていた。とっさにしてしまった事だけあって、これから頭を上げるのに少し勇気がいるかも……顔が赤くなる。
「まぁまぁ、何だか分かんないけどとりあえず座りなよ」
どうしようかと迷っていた時に掛けてくれた彼の言葉のお陰で、私はホッとしながら再び席に座ることができた。
「あのっ、私の所為で彼女と険悪な感じになってしまって……ごめんなさい!」
そうだった、自分の事で精一杯で彼と一緒にいた彼女の事を今の今まで忘れていたんだ。彼に言われるままノコノコとここまで来たのはいいけれど、去って行った彼女はもしかして今でも彼が追いかけてくれるのを待っているんじゃないのか? そう思うと、自分がしでかした事に顔を蒼ざめてしまう。
「早く、早く行ってあげて! 今なら間に合うと思うから」
とりあえずは彼にそう言って促すが、当の本人はまるで自分に言われているのではないかのようにアイスコーヒーを飲んでいた。何でそんなにのんびりしているのか? 一人で熱くなっている自分がだんだん恥ずかしくなってくるのですが……
「……どうして? 彼女じゃないの?」
しばらくの沈黙を破って尋ねた私に、彼は空になったグラスをカランと音を立てて置くと
「うん。て言うか、名前も知らないし……あぁ、覚えていないの間違いかな?」
思いがけない彼からの返事に思わず絶句する私。だってさっきの彼女の様子だと、他の女に声をかける彼氏に嫉妬した挙句の行動にしか見えなかったけど! 相手は彼の名前を呼び捨てにしていたし、腕は絡めていたし! 色々問い詰めたい事が浮かんできたけれど、とりあえずはそれらを全て飲み込んで彼からの答えを待っていた。
「槻岡さんは、宇佐美くんの何?」
……また何を言うか、この口は! そう思ったけれど聞いてしまったものは仕方が無い、そのまま彼の目を見て答えを待っていた。
「幼馴染みって、言わなかったっけ?」
確かにさっき自己紹介ではそう教えてくれてはいたけれど、何かそれだけの関係では無いような気がしたのは私だけかな? でも、実際槻岡さんにはちゃんと彼氏がいる訳だし……。
「あれでしょ? 夏海の浮気相手とか思ってない?」
ズバッと指摘する彼に思わず目を大きくさせてしまい、それを彼に見られ笑われてしまった。だってとても幼馴染みとか友達とかそんな風には見えないから……。
何も言えないでいる私に、彼は目を細めて妖しげな笑みを見せると口を開き始めた。
はっ? 今なんて?
“俺と夏海は……”
聞き間違いだったのかしら?
“セフレ”
どのシリーズでも、琉依の傍には必ず女性がつきものです! この琉依もまた色々あるのですが、それについてはまたいつか書きたいと思います。